ダミーを語るとき、それは間違いなく、人の体型体格についての話になります。多くのみなさんは、体型体格は持って生まれたものだから、自分の意志では変えられないと考えていませんか。首の付き方や肩胛骨の張り出し具合、前肩の状態など、上半身ダミーにとって、重要な部位は首、肩、肩胛骨の3箇所です。もちろんこれは男子の話で、女子はこれに胸が加わるわけですが、太っているとか痩せているとかは自分でコントロールできても、基本的な体型体格はどうにもならないと諦めていませんか。確かに体型体格の大部分は自分の意志では変えられないのかも知れません。例えば僕の身長は165cmしかありません。日本人成人男子の平均より5cmもチビです。もしこれを自分の意志で変えられるなら、どんな努力も惜しまないと思うのですが、そんな努力をする人はいませんよね。頭がでかいのも脚が短いのも、あなたの意志ではどうしようもありません。鏡に映った自分の身体を見ながら、ああどうしてこうカッコ悪いんだろう、これじゃあどんな服を着たってカッコ良くなんてなれないよ。所詮持って生まれた体型体格は、自分の意志で変えられるものではないと、僕も考えていました。しかし腰痛をきっかけに、その考えが変わりました。僕がカッコ悪い理由は、持って生まれたこの体型体格ではなく、だらしない生活態度に起因する姿勢にあることを知りました。今や姿勢矯正は、特に女子の間では常識ですね。 ダイエットも美しさも、正しい姿勢によってもたらされることを誰もが知っています。姿勢矯正と正しい歩き方を教える教室は大繁盛だそうです。だからそうなったのか、生活スタイルが変わったからそうなったのかは解りませんが、最近の若い人は、男性も女性も、その体型が大きく変化しています。昔の人とは背中が違います。肩が違います。首が違います。これは単に姿勢が良くなったからなのでしょうか。持って生まれた体型体格が根本的に変化したのでしょうか。どちらなのかは解りませんが、昔の体型とは大きく変わっていることは確かです。パタンナーもデザイナーも、既製服に携わる人は、誰もがカッコイイ服を作りたいと願っています。カッコイイ服が売れる服だと、誰もが思っています。僕ももちろんそう思うし、どうしたらそんな服が作れるのかについて、長年悩んで来ました。僕はK+Lのダミーを、仕方なく、だましだまし使ってきたと言いましたが、自分が抱いている不満が具体的にどのようなものなのかを、理解していませんでした。だから新しいダミーを作るという発想には至りませんでした。しかし姿勢がカッコ良さと深く関わっていることを知ることで、自分の中に渦巻いていたもやもやが一気に吹っ飛びました。僕の抱いていた不満は、ダミーの姿勢の悪さだったのです。姿勢のいいダミーさえ作れば、全ての問題が解決することを知ったのです。この答えに気付くまでに10年以上もかかりましたが、もし僕が腰痛にならなかったら、未だに気付けなかったかも知れません。姿勢のいいダミーさえ使えば、カッコイイ服は自ずとできてくる。優れたダミーとは、正しい姿勢でなければならない。それが、ドレーピングでパターンをやる僕の、答えでした。 |
1. ダミーの姿勢1 まずは次の画像を見てください。日本で使われている有名なメンズダミーを順番に並べ、横から見たものです。各ダミーの姿勢を比較していただきたいのですが、一番右端が新型モデルGKSです。 左端はメンズの草分け的存在であるキイヤのBLETAS-A5です。開発されてすでに30年以上が経過していますが、当時は、日本人の体型を巧みに再現した秀逸なダミーとされていました。これが日本人の典型的な体型かどうかはともかくとして、前を見ると、胸を張った正しい姿勢をしているように思えますが、背中は極端な猫背で、首が大きく前傾しています。さらに腰入りも大きく、全体的には、反身と屈身が混在する奇妙な姿勢をしていることがわかります。 左から2番目はキイヤのMODELIA-38です。若い世代のために作られたモデルだと思いますが、BLETAS系に比べると、かなり良い姿勢だと思います。しかし首だけは前傾したままです。首が前傾して前に付いているだけで、姿勢は悪く見えます。またこれは後で言いますが、首はできるだけ真っ直ぐ、上に向かって付いていて欲しいのです。 右から2番目はKL-GK96です。僕が最も多用したダミーで、全体的なバランスも70点と評価しました。既存のダミーの中では最も完成されていると思うのですが、やはり猫背で、首が極端に前傾しています。悪い姿勢をしています。 そして最右翼が新開発のGKSです。一見して、他のモデルとの姿勢の違いがお解りかと思います。凛と、潔く、堂々と、しかもリラックスして起立しています。 僕が目指したカッコイイ姿勢がこれです。特に首の付き方に注目してください。左側に並ぶ、どのダミーとも違っています。というより、首の付き方だけを論じるなら、GKS以外は、どれも同じような首をしているということです。下の図をみるとその差がより明確になると思うのですが、いわゆる「首入り」と言われている部分の距離が明らかに違いますね。日本の新しい世代は、男女ともGKSのように真っ直ぐな首の付き方をしていますが、僕のような古い世代の人は、ほとんどの場合、首が前傾した、疲れた姿勢をしています。 |
2. ダミーの姿勢2
次も同じ画像ですが、写真の濃度を落としてあります。これを見ながら、もう少し詳しく姿勢について解説します。
背中の黒破線を見てください。最も膨らみの大きい部分から直上し、首の付け根に向かって直角線が引かれています。これはいわゆる「首入り」と呼ばれている部位ですが、この水平距離が長ければ長いほど、猫背で首が前に付いていることになります。BLETAS A5とGK 96はこの距離がとても長く、相当背中が曲がっていることが解ります。
MODELIA 38の首入りは一見小さく思えますが、身体の厚みが極端に狭い(細い)体型のため、この厚みに対する比率で計算すると、かなりの猫背であることは間違いありません。鼻の頭から直下に引かれた赤破線を見れば解るとおり、顔が身体より前に出ています。つまり首が前に付いているということですが、結果として、GKSの姿勢の良さが良く解るかと思います。
3. ダミーの姿勢3
一方こちらは女性用ダミーを並べました。左から9AR、MISS 10、BUNKA、K+LのBSDです。メンズと同様の見方で比較すると面白いですね。BSDの猫背がとても目立ちますが、イギリス人は本当にこんなに猫背なのでしょうか。こうして見ると、9ARの姿勢が以外に良かったことに驚きます。実物を見るとなんだかババくさい(ゴメンナサイ!)と感じていたのですが、横からの姿勢だけを見ると、他のダミーより若々しく見えます。
またMISS 10もBUNKAも、姿勢自体はさほど悪くないですね。しかしなぜか、首はどれも前傾です。どうしてこのような首にしなければならないのでしょうか。これは僕の推測ですが、服が抜けるのを恐れて、このような首を作ったのでしょうか。
猫背で前首の体型というのは、要するに後丈が長い体型、屈伸体です。抜ける服は良くないという意識が僕たちの頭の中にあるため、ダミーを設計する際、後丈の長い体型を表現することで、これを防ぐという意識が働いているのかも知れません。
4. 二足歩行に適した姿勢
ほとんどの人は、意識してそうすれば、誰でも良い姿勢を保てます。しかし緊張が緩み意識が薄れると、脊柱は湾曲を初め、だんだん猫背になり、首も前傾し、アゴが前に突き出るような、後丈の長い体型に変化します。左の画像はその変化の様子を写していますが、既存のダミーは、人体のこうした状態を再現しているようにも思えます。
いくら姿勢を良くしたいからと言って、常に緊張を強いられたら、その方がよっぽど身体に悪そうです。しかし面白いことに、姿勢矯正のレッスンを受け、日常の暮らしの中でそれを実践していると、本当は良い姿勢でいるほうが疲れないのだということに気付きます。実は改めて考えると、それは当たり前の話なのです。
人間の頭は約5キロもあります。ボーリングのボールを首の上に乗せているようなものです。こんな重い物を脊柱で支えるのですから、効率的かつ負担の少ない方法で支えなければなりません。それは脊柱をできるだけ垂直に保ち、その直上に頭を乗せることなのです。重い荷物を頭で運ぶ民族を見たことがあると思いますが、あの真っ直ぐとした姿勢が、人間の直立二足歩行に最も適したものであることが窺えます。
5. 猫背と前首の欠点
上記のとおり、若い世代の人は自分の意識で正しい姿勢を保つことができますが、僕たちのように古い人間はダメです。重い頭を支えるために背中の筋肉が発達し、意識しても、正しい姿勢が作れないほどの猫背前首になっています。
猫背も前首もそれは体型の個性ですから、それがいいとか悪いとかの問題ではないでしょうが、僕個人としては、そのような体型がカッコイイとは思っていません。凛と背筋を伸ばした姿勢が美しいしカッコイイと思います。だからこそGKSを作ったのですが、猫背前首という古い体型に合わせて服を作り、その服を、正しい姿勢をした若い世代が着たとしたらどうなるでしょう。
次の画像はその様子を表しています。着用しているのは僕なので、たいして良い姿勢ではありません。しかし腰痛を煩って以来、姿勢にはかなり気をつけて毎日を過ごしていますので、先に書いたとおり、猫背前首は、これでもかなり矯正されています。
写真左のAは、あるブランドの既製服です。一方、右のBは、僕自身のものではありませんが、オーダーのジャケットです。まずシャツの見え方に注目してください。Aはシャツが隠れてほとんど見えないのに対し、Bは良く見えています。上衿の立ち方の違いを見れば明らかなように、両者は上衿の設計が根本的に違っています。しかしその分を差し引いても、Aはかなり登っています。後中心にはツキジワが出ていますし、ネック周辺でジャケットが浮いているのがお解りでしょうか。それに比べるとBは綺麗に収まっていますね。この差は何によって生じるのでしょうか。
実はBのジャケットは、かつてテーラー職人だった僕の叔父のものです。彼が40歳の頃に自分で作ったものだと思うのですが、お腹の出っ張った、典型的なオヤジ体型でしたが、どちらかと言えば、背丈の短い反身体型で作られたものです。
既存のダミーが普通体型だと考えたとき、正しい姿勢は、それよりも背丈の短い反身体であると言えます。左のジャケットは既存のダミーで作られた既製品ですので、どうしても背丈が長くなり、前首に対応した体型になりがちです。そのような服を姿勢の良い人が着ると、写真Aのような現象が生じてしまいます。服が本来収まるべき部位に収まらず、浮いて登ってしまいます。着にくいばかりでなく、肩凝りの大きな原因となります。
別の画像を見てみましょう。
背丈が長く前首に作られた服は、姿勢の良い人が着た場合、首の後に服が当たり、そこでつっかえ、それ以上前に入ってこなくなります。左の画像Cがその状態ですが、入らないから前が開き、ボタンが止まりません。これを無理に止めようとすると、後ネックは更に登り、浮き、首に沿わなくなります。右のDと比較すると良く解りますね。他人の体型で作った注文服であるにもかかわらず、このような服は、誰が着ても綺麗に入ってくるのです。
6. 肩胛骨と前肩
肩胛骨のメカニズムで書いたとおり、肩胛骨と前肩には深い関係性があります。そして肩胛骨と前肩の強さは、猫背や前首と同じように、男女を問わず、年齢に比例して顕著になる傾向があります。つまりこうした体型は、持って生まれた先天的なものではなく、生活習慣と共に変化する後天的なものだということになります。要は姿勢の問題だと思うのですが、若い人ほど姿勢が良く、そのために肩胛骨の膨らみや前肩傾向は弱わめられ、すっきりとした体型をしているということになります。
左はBLETAS A5とGKSの肩胛骨を比較した写真です。横から見ても上から見ても、その違いは明らかです。GKSが正しい姿勢の若い人だとすると、BLETASはやはり老人のように見えます。
そしてそれぞれの肩胛骨で、どの程度のクセ処理が必要かを表しているのが下の写真です。単純比較をするためどちらもヌードのままドレーピングをしていますが、肩線上でのダーツ分量は、GKSが約1cmであるのに対し、BLETASは3倍以上のダーツ量になってしまいます。
僕は決して老人体型を否定しているわけではなく、例えばビスポーク仕立てのクラッシックなスーツをびしっと着ているご老人は、たとえ猫背、前首、前肩であっても、それはそれで独特のカッコ良さがあると思います。ただしそういった服は、立体構造を表現すべく、熟練した職人の、高度なアイロンテクニックが満載されているのだという点を強調したいのです。いつも申し上げるとおり、現存する既製服工場で、そのようなテクニックを再現できますかと問いたいのです。世の中に出回っている既成の背広に、そんなテクニックが施されていますか。こんなに多くのダーツ分量を、イセとして処理することが、本当に可能ですか。
今の日本で、こうした縫製をきっちり行える既製服工場はないと思います。つまり古い体型に合わせて服を設計しても、縫製工程でこれを実現することは不可能だということになります。つまり意味ないじゃん、ということになりますよね。
僕は今回のダミー開発で、あるひとつの事実を発見しました。それは、ダミーメーカーとパタンナーの怠慢です。
怠慢という言い方は語弊があるかも知れませんが、少なくともダミーメーカーは、猫の目のように変わるファッションの中心的存在でありながら、何十年も前に開発されたダミーを売り続けています。それはもちろん日本だけの話ではありません。僕が長年使っているK+Lも、STOCKMANもWOLFも同じです。時代と共に変化する人間の体型体格、時代と共に変化するファッションや価値観があるにもかかわらず、ご先祖が大昔に開発した古いダミーを売り続けてきました。
最近の子供達を見てください。もう僕たちとは人種が違うのではないかと思うくらいにカッコイイ体型をしています。四肢は長く伸び、背筋は壁のように平坦になり、姿勢に対する意識が高まり、我々とはまったく違う新しい体型をしています。そしてこの子供達はたった数年で大人になり、洋服を買いあさるようになるでしょう。ダミーメーカーはこうした新しい世代に対応するダミーを作らなければならないはずです。いつまでも猫背で前肩の古いダミーを売ってる場合ではないのです。
一方パタンナーはどうでしょう。与えられた古いダミーを文句も言わずに使っているのでしょうか。変化に対応すべく新しいダミーへの要求はないのでしょうか。僕はここにパタンナーの怠慢があると感じます。服作りの中心的役割を担うパタンナーは、常に現実に疑問を抱かなければなりません。常に新しい開発を心がけなければならないはずです。
「ホンモノのテーラード」という言葉が一人歩きをする今日この頃ですが、ファッションは常に変化し続けるイキモノです。ホンモノもクソもありません。常に新しいサプライズをマーケットに供給しなければならないのです。古い考え方や方法論にこだわっている場合ではないのです。常に先を見て、新しいモノを追い続けなければなりません。それがファッションの宿命なのですから。