1. ピッチ表の作成1

比例バランスグレーディングの原理と流れを理解するために、最初はなるべく簡単なアイテムから始めます。第一弾は半袖TEEシャツを選びました。

下図(上)はこれからグレーディングするTEEシャツの仕様書です。左端にサイズスペックがありますが、この段階ではマスターのサイズのみが記入されています。サイズスペックに 各サイズのスペックを記入するところからグレーディング作業がはじまりますが、ピッチの検証と算出は計算機では面倒です。表計算ソフト(ここではEXCEL)を利用し、各部位の数値が一括管理できるようにします。

下図(下)はTEEシャツ用にあらかじめ作ってある計算表ですが、この表を「ピッチ表」と呼びます。ピッチ表はTOPS用、BOTTOMS用など、アイテム毎に数種類を作っておくと便利です。仕組みはとても簡単なので誰でも作れるとは思いますが、表の仕組み、見方、使い方を説明しておきましょう。以下のリンクからダウンロードできますので、ご自分のパソコンに落として、解説を参考にしながら実際に使ってみてください。

ピッチ表をダウンロードする

最左端A列は各部位項目が並んでいます。3行目の横列が各サイズですが、ここでは小さいサイズから順番に1~7まで数字で表しています。もちろんここには、S、M、Lでも9号、11号、13号でも、好きなサイズ表記を記入してください。サイズ行のほぼ中心にある「MASTER」欄がマスターパターンの寸法欄です。ここに上記仕様書にあるマスターの各寸法を書き入れますが、ちなみにこの仕様書に記されている寸法は、パターンの上がり寸法です。

最左端A列の最下段に「ピッチ」があります。各サイズのピッチ欄にピッチを記入すると、各サイズの部位欄に数値が自動的に入ります。例えばマスターの着丈欄に70と入力し、サイズ4のピッチを0.96、サイズ6のピッチを1.05と入力します。すると4、6の着丈に計算値が返されます。今の場合、4が67.2、6が73.5と出るはずです。各欄には計算式が埋め込まれているわけですが、計算式は「MASTER」欄 X サイズピッチとなっています。

各サイズ間にブルーの網掛け欄がありますが、これは各サイズ間の差寸を表しています。ここにも計算式が埋め込まれているので、各欄が埋まれば、差寸も自動的に返される仕組みです。

ではさっそく「MASTER」欄の記入からはじめましょう。左図のように、仕様書のスペックを見ながら数値を入力してください。着丈から順番に最後のポケット位置まで入力すると、 図のように、差寸欄に数値が返されます。 あとはピッチを入力すれば終わりです。ここでは簡単に、MASTERを挟んで上下にワンサイズずつ、サイズ4とサイズ6をグレーディングしましょう。



2. ピッチ表の作成2

下図は設計基準表です。ここではTHE NORTH FACEのものをアレンジして使いますが、ピッチは設計基準ができた時点ですでに決まっています。まだ設計基準ができない方は、以下のページを参照して用意してください。設計基準
ピッチと設計基準

グレーディング理論のページで何度も言うように、ピッチとは設計基準の体格間に付くもので、洋服の変化量ではありません。ここが一番重要なところです。設計基準のバストピッチは4cmですが、これは各サイズの体格が4cmずつ変化するということで、服を4cmで変化させるのではありません。

比例バランスグレーディングは、その名のとおり比率によって拡大縮小を行います。したがってピッチの単位はパーセントです。身長170バスト90のMASTERが、サイズ4になるためには何パーセント縮小すればよいのか、サイズ5になるためには何パーセント拡大すればよいのか、この比率がグレーディングピッチとなります。これは比例バランスグレーディングの大きな特徴ですが、縦方向と横方向の比率は同じなので、パターンはマスターと同じ形状のまま拡大縮小されるわけです。つまりピッチはひとつしかないということです。ではいったいどこのピッチを使うのか。

原則は、縦方向のピッチは使わないということです。なぜならば、縦方向は、グレーディング後のパターン修正が簡単にできるからです。下に算出されているピッチのうち、グレーディングに使用するのは横方向、つまりバスト、ウエスト、ヒップのいずれかですが、時と場合によってはこの表にはない、肩幅やネックもピッチの基度として利用されます。ここで考えなければならないのは、該当アイテムにとって、どこが大事な部位であるかです。ここでは何の変哲もない半袖TEEシャツを扱うので、大事な部位は、バストか、場合によってネックです。
ネックが重要になるのは特に子供のパターンをグレーディングする時です。かぶり物のTEEシャツの場合、ネックサイズをミスると、頭が入らないなどの問題が起きるため、バスト寸よりも気を遣ってネックピッチを検討する必要があります。ここではとりあえずバストのピッチを採用しましょう。設計基準のマスターのバスト90cmに対し、サイズ4のバストは86cmです。これはマスターに対して95.56%の縮小なので、ピッチ欄に入力する数値は0.9556になります。またマスターのバスト90cmに対し、サイズ6のバストは94cmです。これはマスターに対して104.45%の縮小なので、ピッチ欄に入力する数値は1.0445になります。

下図のとおり表が埋まりました。
この結果をもとに、仕様書のサイズスペック欄を埋めますが、着丈、袖丈、裄丈は修正しなければなりません。なぜなら、設計基準の縦横比が相似形になっていないからです。設計基準表の身長を見てみましょう。設計基準のマスターの身長170cmに対し、サイズ4の身長は165cmです。これはマスターに対して97.06%の縮小なので、バストの95.56%とはかなり違います。一方サイズ5の身長175cmはマスターに対して102.95%となり、こちらもバストと比較するとかなり違う数値となります。しかし上記したとおり、縦方向の修正は横方向の修正に比べて簡単なので、グレーディングの際は横方向(今の場合はバスト)のピッチを優先します。着丈の算出には計算機を使います。

サイズ4の着丈 = 66 X 97.06% = 64.05となり、小数点以下は切り捨てて64cmにするのがいいですね。そうなると、バストのピッチで算出された着丈は63.06ですから、グレーディング後、着丈を0.94だけ伸ばしてやればいいことになります。これが着丈の修正です。同様に各サイズの裄丈、袖丈を算出し、左図のとおり修正すべき数値を求めておきます。

サイズ4のピッチ

サイズ4の身長165は MASTER 170に対して97.06%

サイズ4のバスト86は MASTER 90に対して95.56%

サイズ4のウエスト74は MASTER 78に対して94.88%

サイズ4のヒップ90は MASTER 94に対して95.75%

サイズ4の股下72は MASTER 75に対して96%

サイズ5のピッチ

サイズ5の身長175は MASTER 170に対して102.95%

サイズ5のバスト94は MASTER 90に対して104.45%

サイズ5のウエスト82は MASTER 78に対して105.13%

サイズ5のヒップ98は MASTER 94に対して104.26%

サイズ5の股下72は MASTER 75に対して96%

サイズ4の着丈の修正…………………63.06 から 64 に

サイズ4の裄丈の修正…………………41.56 から 42 に

サイズ4の袖丈の修正…………………20.54 から 21 に

サイズ5の着丈の修正…………………68.93 から 68 に

サイズ5の裄丈の修正…………………45.43 から 45 に

サイズ5の袖丈の修正…………………22.45 から 22.3 に



3. ピッチ表の作成3

これまでの作業で、基本のピッチ表は完成です。しかしここでちょっと下図を見てみましょう。グレーディング後のパターン寸法をチェックする必要があります。仕様書のサイズスペック欄に表記するときの桁数ですが、得られた計算値の桁数をそのまま記入するわけにはいきません。普通は小数点第一位が限度です。そして大は小を兼ねるという大原則があるため、また実際のパターンが表記寸法より小さいというのは問題があるため、小数点第二位以下は切り捨てで表記するというのがルールです。

下図の枠外に書かれた赤字が、上記ルールに則って書かれた、実際に仕様書に記入する数値ということになります。例えばバストを比較した場合、サイズ4はMASTERに対して4.5cmのピッチが付いていますが、サイズ6は4.4cmとなります。できれば赤字のように104.5にしたいところです。また肩幅を見た場合、サイズ4はMASTERに対して2cmのピッチが付いていますが、サイズ6は1.9cmとなります。サイズ6の裄丈を45と決めていますので、このままの肩幅でいくと、袖丈 = 2分の肩幅 – 裄丈ですから、22.05cmと表記しなければなりません。しかし0.05を表記するのはちょっとためらわれます。もしサイズ6の肩幅が46なら、袖丈は22とスッキリさせることができます。また左図サイズ6欄の他の部位を見ればおわかりのとおり、サイズ4とのピッチが不等になっています。不等なこと自体は決して問題ではありませんが、等しくなればさらにスッキリしますね。

そこで試しに、サイズ6のピッチを肩幅基準で変更してみます。MASTERに対して2cmの差寸にするとしたら、拡大率は104.55%になります。これで計算した結果が左図の下段です。バストもサイズ4と同じく4.5cmの差寸になりました。できれば袖幅や袖口幅もすっきり0.5cm差にしたいところですが、そのためにはピッチを104.9%近くまで大きくしなければなりません。しかしそれではバストや肩幅がちょっと大きくなりすぎるので、調整はこの程度を限度にするべきだと思います。

これまでのグレーディングの先入観から、各サイズ間のピッチは等しくなければならいと思いがちですが、等しくなければならない理由は何もありません。割り切れる数値にしたがったり、偶数にしたがったり、日本人の生理的理由から数値調整をしがちですが、僕はそのような非合理的な感情から数値を決めるべきではないと思います。グレーディングはあくまでも事務的に、科学的に、合理的に行うべきではないでしょうか。ちなみに小数点第二位の表記をするべきではないという理由から、袖丈表記を22にしたというのは、根拠のある合理的な理由によるものです。

仕様書のサイズスペックと、グレーディングピッチ、修正内容が確定しました。下図右側の表が、実際のグレーディング作業に用いるデータです。これをどこかにメモしておき、このとおりにグレーディングしなければなりません。表を見ればおわかりかと思いますが、サイズ4はすべてのパーツを95.56%に縮小し、後から着丈を1cmプラス、袖丈を0.5cmプラスします。またサイズ6は、すべてのパーツを104.55%に拡大し、後から着丈を1cmマイナス、袖丈を0.4cmマイナスします。




4. グレーディング作業1

ここからはイラレでの作業となります。まずはマスターを中心に、上下に各サイズ分のパターンをコピペで配置します。下図ではサイズ4をブルー、サイズ6を赤で表示してあります。ここで最初にやるべきは、サイズ表示の変更です。サイズ4もサイズ6も、この時点で記入されている品番やサイズ表記はマスターと同じです。「検索・置換」を使ってサイズ表記を変更しておきましょう。
さてグレーディングの開始です。上記のピッチと修正内容を手元に置き、まずはサイズ6からはじめます。衿リブを除くサイズ6の全パーツを選択します。拡大縮小ツールをダブルクリックしてパレットを出します。「縦横比を固定」にチェックを入れ、ピッチ104.55と入力してOKを押します。衿リブを除く全パーツが拡大されます。図のとおり着丈と袖丈を修正します。

次は衿リブのみを選択し、拡大縮小パレットの「縦横比を変更」にチェックを入れ、横に104.55、衿リブ丈2cmは各サイズで共通としているため、縦に100と入力してOKを押します。
このとき注意したいのは文字の拡大縮小です。相似形で縦横比を固定するのであれば、文字の拡大縮小に問題はありません。ただし縦横比を変更する場合、文字の拡大縮小は避けなければなりません。その理由はプロッタにあります。パターンをプロッタから出力する際、縦横比のことなった文字がある場合、正常に出力されないケースがあるのです。このトラブルを避けるために、縦横比を変更した文字の拡大縮小は、避けるように注意してください。

以上でサイズ6のグレーディングが終了しました。
同じ要領でサイズ4をグレーディングします。最後にネスト図を作り検品しましょう。ネスト図はどこで重ねても問題ありません。比例バランスグレーディングはすべてのパーツが相似形で変化するわけですから、どのサイズのどのパーツもマスターと同じ形をしています。したがってここでの検品はグレーディングの善し悪しを見るのではありません。グレーディングされているかどうかと、修正箇所が正しく直っているのかを確認するためです。左図のとおり、重ねる際はノッチや地の目など、パーツの余計な情報は抜きにして、上がり線のみで見た方が解りやすいと思います。
ここまでの流れをまとめましょう。

1. ピッチ表を使って適正ピッチを算出
2. 縦方向と細部数値の検証と修正
3. ピッチと修正内容に従ってグレーディング

グレーディングの準備とも言えるピッチの算出と修正内容の確定にある程度の時間が必要です。またこの作業は理屈を良く理解しているパタンナーが行うべきです。これがとんちんかんな数値になっていると、グレーディングの整合性が失われるばかりでなく、ブランドのその他のアイテムとのバランスまで壊すことになりかねません。パタンナーが責任を持ってピッチを算出すれば、後の作業は小学生でもできるほど簡単です。今回のTEEシャツなら、イラレの操作は2分で終了します。まさに革命的グレーディングだと思いませんか。