TJ(テーラードジャケット)の袖は難しいと誰もが言います。それはそうです。難しいに決まってます。どこが難しいのか。ある先生は身頃のアームホールが不完全だから袖が綺麗に付かないのだとおっしゃいます。またある先生は袖の目の形状に問題があるとおっしゃいます。そうなんです。そう考えるから難しくなるんです。学校で教えられる内容も、教科書に載っている解説も、いずれもアームホールと袖を別物として捉えています。だから難しいのだと僕はいうのですが、なかなかその理屈が理解されないようです。袖を簡単に、しかも綺麗に付けたいと思う方は、まずはアームホールと袖の基本(1~3)を良く読み、袖作りの方法とメカニズムを理解してください。

テーラードジャケットと言えども袖の基本的な考え方は同じです。まず先に綺麗な袖があって、それがすんなり納まった位置がアームホールになります。テーラードジャケットの袖が他と違うのは、袖付けにイセが入るという点だけです。今回は袖の原型製図、イセの配分とその方法について、平面製図を中心に解説します。
 



1. 原型袖の設計

袖の原型はあくまでも単純な筒だと考えます。アームホールと袖の基本にあるとおり、その筒を切断したときの切断面が袖山のカーブとなるわけですが、これは単純な数学で表現される合理的な円弧です。左図はその描き方を表したものですが、先々に行っていろいろ修正が入ることになるでしょうが、出発点としての原型はあくまでも数学的な、つまり曖昧な感覚ではないところのカーブを使って始めるべきだと思います。

原型袖山の描き方

1.円周が袖幅の二倍になる正円を描きます。
2.円の中心Tを通る水平線T-0を引き、0点の直上に袖山の高さの半分を取り、その点をYとします。
3.線分0-Yを四等分し、線分0-Yとの交点をそれぞれ1、2、3(上から3ヶ所)とします。
4.斜線T-Yを描き、 線分0-Yを三等分した水平線との交点を求めます。各点をそれぞれa、b、cとします。
5. a、b、cの各点から、最初に描いた正円弧0-Dに向かって垂直線を引きます。円弧との交点をそれぞれA、B、Cとします。
6.円弧0-Aの距離を測り、それと同じ長さを線分0-Yからの水平線上、1-A’に求めます。同様に円弧0-Bの距離を水平線2-B’に、0-Cの距離を3-C’に取り、最後に0-Dを0-D’に取ります。
7.YからA’、B’、C’を通り、D’までの曲線が描けます。これが袖山円弧の四分の一部分になります。下段の図はこうして描かれた袖山カーブです。以下のリンクで本物がダウンロードできますので、作図の面倒な方はこれを使ってみてください。ダウンロードファイルの形式は3種類用意しました。いずれもzip圧縮されていますので、解凍してから開いてください。

sode_irare.ai.zip…….Adobe Illustrator CS(バージョン11)
sode_hanyou.dxf.zip…….汎用DXF(東レ以外のCADをお使いの方)
sode_toray2.2.pdt.zip……東レ クレアコンポ (バージョン2.2)

左図にあるとおり、袖山高さとは実際の山の高さの半分です。一番低い山は2とありますが、これは実際の山の高さが4cmだという意味です。また袖幅も、実際の袖幅(全幅)の2分の1です。どの高さのカーブも幅は10となっていますが、実際の袖幅はそれの2倍、20cmとなります。つまり袖幅はすべて20cmで、山の高さのみ変化しています。作図の際はお間違いの無いようご注意ください。


2. 袖の作図と取り付け

ドレーピングで作った身頃にアームホールと脇位置をマークします。そのためにアームホールと袖の基本でお話しした紙の袖を作り、これを身頃に取り付けます。この紙の袖が最初のたたき台となるわけですが、最初が悪いと完成度は低くなりがちです。この時点でバランスのいい袖を作っておく必要があります。寸法を設定すべき各部位は以下のとおりとなります。

1.袖山の高さ(16cm)
2.袖幅(16.5cm半分)
3.袖口幅(12cm半分)
4.袖丈(57cm)

括弧内は僕が勝手に設定した寸法ですが、それぞれがどの程度になるべきか、これは経験則に照らして割り出す以外に方法がありません。経験の少ない方は、平面製図の教科書などを参考に、完成した袖から各部位の寸法を抜き取るのがいいかも知れません。ここでは上記の寸法で作図しますが、これはあくまでもイセの入る前の、原型だということを忘れないでください。ここで作った紙袖を取り付けドレーピングが終了した後、修正を加え、更に袖にはイセ分を加えることになります。したがって袖山も袖幅も、時には袖口幅、袖丈さえも変わってくる(大きくなる)ことになります。したがって最終的な袖の完成図を頭に描き、ここでは少し細過ぎるかな、と思える程度の袖を作ることがポイントになります。



作図はダウンロードした袖山ファイルを開くことからスタートします。袖山の高さを16cmと設定したので、中から「山の高さ8」のカーブを使って作業します。新規書類にコピペで抜き取ってください。袖幅はすべて20cm(10cm)ですから、設定した袖幅16.5cmになるよう幅方向のみ82.57%(16.5は20の82.5%)に縮小します。

原型袖の山のカーブは、上半分の山側と下半分の谷側が同じです。つまり上記の作図は袖山全体の4分の1部分になるわけですが、これはあくまでも出発点でのたたき台です。今後いろいろな事情によってカーブは変化することになります。

最初の袖は納得のいくまで何度でも作り直してください。何度もやり直す必要があるから紙を使っているという点をご理解ください。ムービーにあるように実際に身頃に取り付けてみて、おかしければ修正した袖を付け直します。大抵の場合、切断面が完全な平面になるよう袖山のカーブを修正するのが普通ですが、それは身頃によって違ってくるため、何かたたき台を作り、それを取り付けないことには解りません。カッコイイ袖になるまで、何度もやり直してください。

3. 袖の修正1

下は紙袖を身頃に取り付けたところですが、まだイセ分を入れる前とはいえ、山幅が明らかに不足しているのが解ります。山がとんがり過ぎてますね。

テーラードジャケットなどカマ幅を多く取らなければならないアイテムの場合、上記の要領で設計した袖では、ほとんどの場合山幅が不足します。山が尖っているということは、谷も尖っている、つまり谷幅(カマ幅)が不足しているということです。写真にはありませんが、袖口から中を覗いてみればすぐに解るはずです。また写真Bを見る限りでは、山の高さも少し不足しているように思えます。これらの点を踏まえて袖に修正を加えますが、更にテーラードジャケットで注意しなければならないのは、谷底で身頃のクリと袖付けがぴったり合わなければならないという点です。僕の作り方に則ってドレーピングをした場合、袖が付いたところがそのままアームホールになるわけですから、理屈ではどうやったってクリと付けは合ってくるはずです。しかし慣れないうちは、トワルを平面にトレースする際に少なからずズレが生じ、結果としてクリと付けが合わなくなります。それも両身のトワルを組む前に、平面上で修正してやらなくてはなりません。ただし何度も言いますがこの時点ではまだイセを入れないため、くれぐれもやり過ぎないよう注意しなければなりません。そしてもう一点、袖幅を良く見る必要があります。下の画像は確かに山幅が不足しているため、ついつい袖幅を広くしてしまいがちです。しかし袖幅そのものは決して細くはありません。十分すぎるくらい太いのです。さらにここからイセが入って太くなるわけですから、これ以上広げてはダメですね。



4. 袖の修正2

上の写真にあるように、修正の程度はドレーピングの結果が教えてくれます。この場合、山幅で約1.5cm(片側)ほど出したい感じでした。谷は身頃のカーブを優先させ、袖側を修正しますが、ドレーピングそのものがヘボかったりトレースがヘボかったりした場合は身頃を直すこともあります。ドレーピングの結果を見て、単純に不足分を測り、平面でそれを補ってやればいいだけの話ですが、現実問題として、このへんはキャリアの差が出るところではあります。キャリアは反復練習でしか解決できません。何度も何度も組むことですね。

どうせ後からイセが入るのだからと、いい加減な距離合わせをしてはいけません。イセ量は比率で配分されるため、身頃と袖の距離がしっかり合っていることが前提です。また谷で合わせるべき身頃のクリと袖付け線ですが、平面製図のようにバストラインから何センチ上まで合わせる、といったルールはありません。始めに理想の袖があり、その袖が綺麗に納まったところが袖ぐりなのですから、原則として修正はすべて微調整で済むはずです。

下のムービーはドレーピングーによる修正内容を平面で表現している様子です。



さて下の写真を見てください。修正した袖をトワルに取り付けてみました。山幅はこのくらいが適当ですね。写真Bでは山の高さが少ないように見えますが、先に書いたとおり、イセが入り、本ちゃんの生地に代われば、こんなもんで十分だと思います。もっとも僕は動きやすさを考えるため、テーラードと言えども山は低めに作るクセがあります。百貨店などで良く言われる「ハンガー面」を考えると、もう少し高くしてもいいかも知れませんね。さて納得のいく袖が付いたら、次は生地を使った両身のトワルを作ります。トワルの袖にはイセを入れなければなりません。イセ量の配分と作図方法を説明します。

PS
誤解のないようお断りしておきますが、上の写真も下の写真も、できあがったトワルに紙袖を取り付けています。見やすくかつ解り易くするためにこうしてるだけで、実際は最初の半身ドレーピングの段階で紙袖を付けます。ご了承ください。



5. イセの配分と作図方法

下図はイセ分量を表したものです。
皆さんの中にはイセ量をセンチ(長さの単位)で考える方も多いと思いますが、イセはパーセンテージで考えるべきです。そのほうがバランスが保てるからです。

袖山カーブの長さを4等分し、谷底のイセ分を3%とします。上に向かって徐々に多くなり、山で最大になりますが、いずれの数値もこれを基準と考え、素材、デザイン、縫製テクニック等を考慮して加減してください。とは言っても、これより少なくするというのは滅多にありません。ウールの素材で普通のテーラードジャケット(メンズ)を作ろうと思ったら、最低でもこのくらいは入れないとダメだと思います。アームホール全部にイセが入ること。原則として後も前も同じ分量であることが特徴です。なお左図は袖ぐりの絵になっていますが、この段階では袖付けの距離とアームホールの距離は同寸なので、この比率はアームホール側で考えても同じこととなります。



作図方法は以下のとおりです。ムービーを見ながら実践してください。

1.山カーブを4等分し、それぞれのイセ分を算出する。
2.元の長さに対して何センチ長くなったかを計算し、その比率で山カーブを拡大する。
3.山の高さが拡大されるが、袖丈はその分長くなる。
4.袖口幅は元のままとする。
5.袖下線が変化するため、谷カーブの連絡を取り直す。



最後の写真は実際の生地で組んだトワルです。上記したとおりちょっとイセが少ないと思いますが、この程度の上がりになると思って間違いありません。