1. 比例バランスグレーディングの原理

マスターから展開される各サイズが、マスターとまったく同じバランスで変化するグレーディングを比例バランスグレーディングと言います。シルエットやディティールはマスターと同じまま、大きさだけが変化するグレーディング方法です。既製服の原理原則を前提とした場合、その方法論に矛盾を含まない、唯一かつ最も合理的なグレーディング方法です。

現在多くのみなさんが行っているグレーディングは、ポイント移動式、あるいは切開式と呼ばれるものですが、例えばできあがったアームホールと、これに対応する袖付けの距離が合わなくなる。あるいは9号マスターはパターンの完成度が100%であるのに対し、11、13号と展開する毎に各部位の整合性が取れなくなり、着用すると様々な問題点が露呈するという問題など、方法論そのものに多くの矛盾を抱えるものです。だから悪いと言うつもりはありませんが、その多くの矛盾を隠蔽するために様々な論理をボロ隠しのように張り重ね、それによって新たな矛盾を生じてしまうという悪循環に陥っています。

こうした問題はコンピュータのプログラムを例にとって考えると良く解るのですが、そのプログラムの根本的な設計段階に矛盾があるとしたら、いくら修正プログラムを組んだところで、その矛盾は解決できるものではありません。考え方そのものが間違っているのですから、言葉や言い回しといった表現方法を代えたところで矛盾は矛盾のまま残ってしまうのです。

矛盾が含まれていること自体に問題があるのではなく、矛盾のために膨大なコストを浪費していることが問題だと、僕は考えています。グレーディングに多くのお金と時間と労力を費やすくらいなら、マスターパターンの作成にもっとそれを回すべきだと考えています。グレーディングはもっと事務的に、短時間で処理されるべきではないでしょうか。

比例バランスグレーディングの原理は、マスターパターンが縦横比率をキープしたまま相似形に拡大縮小するだけという、極めてシンプルなものです。コンピュータならたったの1秒で済んでしまうのですから、作業などと呼べるほどの作業でもありません。しかしそれはコンピュータを使っての話で、もしこれを手作業でやろうとすると、膨大な時間とテクニックを必要とします。25年ほど前の話になりますが、僕はかつてこれを手作業でやっていました。時間がかかるということはコストがかかるということですが、あまりにも膨大な時間を必要とするため、実務には対応できないということで諦めざるを得ませんでした。その後僕は1995年、イラストレータに出会うことになるのですが、諦めていたこのシンプルで合理的なグレーディングを、イラストレータが実現してくれました。しかも秒速の早業で。コンピュータのすばらしさを実感した初めての体験でした。
 




2. コンピュータの特徴

さて話はすこし脱線しますが、コンピュータの持つ最も優れた特徴は何だかご存じですか。
人によってその答えは様々かも知れませんが、僕は次の3点だと考えています。

1. コピペ(コピーアンドペースト)
2. アンドゥ、リドゥ(取消、やり直し)
3. 拡大縮小

コピペの説明は不必要ですね。
アンドゥ、リドゥとは、取り消しとやり直しのことです。あっ失敗したと思ったら、その行為を過去にさかのぼって取り消すことができます。また取り消しそのものが間違っていた場合、それをやり直すことができます。これをアンドゥ、リドゥといいます。
次の拡大縮小は文字どおりです。コンピュータで作成した図形、文字、画像など、何でも瞬時に大きくしたり小さくしたりする機能のことです。
上記3点はいずれも現実世界では事実上不可能というのが共通点ですが、これがバーチャルのバーチャルたる所以というか、コンピュータは不可能が可能になる、まさにワンダーランドと言う他ありません。上記3点を現実ではどう処理していたかを考えれば、その凄さを再認識していただけると思います。コンピュータは人間がかつて経験したことのない新しい道具ではありますが、僕はこの3点に、その驚異を感じるのです。逆説的に言うなら、この特徴を利用しなければ、コンピュータを使う意味が無いのではないでしょうか。
 




3. 形と大きさ

相似形で物が拡大縮小する。これは小学校の算数で習うことですから、それがどういうことなのか、誰もが解っているはずでした。しかし僕はこのグレーディング方法をみなさんに説明してはじめて気が付いたのですが、解っているはずのことが解ってなかったのです。パターンが相似形に変化する。同じ形のままで大きくなったり小さくなったりする。このことがみなさんになかなか理解されませんでした。

以下の図はシャツなどの一枚袖です。黒線をマスターとして比例バランスグレーディングをしたものです。ブルーが大きいサイズ、オレンジが小さいサイズですが、拡大縮小比率は10%です。赤丸は原点を表していますが、もちろんどれも同じ図形です。同じ形のままおおきさだけが異なったものですが、みなさんには、どれも異なった形に見えるのではないでしょうか。僕にもそう見えます。特に袖山などの曲線部分が、それぞれ違った形状に見えます。しかし実はどれも同じ形のままなのです。ただ大きさだけが違うだけなのですが、人間の脳みそは不思議なもので、これらを異なった物と認識してしまうようです。つまり同じ形状だという事実を信用できないのです。なぜなら、現実世界では滅多に経験できない現象だからだと思いますが、脳がこういった現象に慣れていないのでしょうね。



4. コピー機の原理

A4の用紙に手紙を書き、これをコピー機で拡大したらどうでしょう。122%に拡大すると、A4はB4になります。これはみなさんも経験があるから解りますね。A4に書かれていた文字も図形も同じように拡大されているわけですから、当然大きくなって見やすくなります。しかもその文字は、筆跡のクセもかすれ具合も、誤字や脱字までも元のままです。ただ大きさだけが変化しているだけなのです。上図のようにパターンを拡大縮小したら解らないかも知れませんが、コピー機の拡大縮小なら容易に理解できると思います。比例バランスグレーディングの原理はまさにコピー機なのです。原稿をコピー機に入れてピッポッパとボタンを押すだけなのです。

僕は25年前、比例バランスグレーディングを手作業でやっていました。しかし途中で挫折し諦めたと言いました。なぜ挫折したかわかりますか。実はこの作業を、純粋な手作業ではなく、コピー機を使ってやっていたのです。大型の業務用コピー機でした。しかしコピーでは、線の太さはもちろんのこと、拡大縮小したくないボタンホールやウエストベルトまでもが忠実に拡大縮小されてしまいます。そこでこれを修正しなければならないのですが、印刷された線を修正液で消し、ペンで新たなに書き直すわけですから、それはそれは膨大な時間と手間がかかるわけです。まったくコストに見合わないと判断し、この方法を諦めたわけです。

さてそのコピー機に代わりにコンピュータの時代になりました。僕はあるきっかけでAdobe Illustratorに出逢うわけですが、僕の人生はここから大きく変わります。ボタンホールやウエストベルトを変化させたくなければしなけりゃいいし、比率を変えたい部位があるならそうすればいい。イラストレータなら何でも自由に、自分が考えるとおの作業を自在に進めることができました。当然作業は革命的に早く安く、しかも正確になりました。僕にとっては永年の夢だった真の合理化が実現できたわけですが、そのあたりの詳細は僕の拙著「iPM革命序説」をお読みください。

比例バランスグレーディングの原理が極めてシンプルだということはご理解いただけたと思いますが、 以下にその特徴を記します。


距離合わせが不要

上記したとおり、これまで広く行われているグレーディングでは、距離合わせという不条理な作業を強いられます。そこが僕の言うボロ隠しなのですが、マスターで完璧に合っていた距離が、グレーディングしたら狂ってしまうというのは、僕にはどう考えてもそれが正しい方法とは思えません。

比例バランスグレーディングではそんな矛盾は起こりません。すべてのパーツが同じ比率で変化するわけですから、どこの縫い目も必ずぴったり合うことになっています。テーラードの袖のようにイセが含まれているものでも、マスターで設計した比率どおり、各サイズに忠実に再現されます。衿グリと衿付け、アームホールと袖付けの距離が違ってしまうなどという奇怪な現象は起きないのです。
マスターと同じバランス

例えばシャツの羽根衿などの場合、各サイズとも剣先幅が同じという製品をよく見かけます。仮に剣先幅が8cmだった場合、ワンサイズの差寸は約3ミリになり、SからLまでの3サイズの差は6ミリになるわけです。身頃は大きくなったり小さくなったりするのに、シャツにとっては顔とも言える衿だけが同じ大きさだったら、デザインそのものが各サイズで違うことになります。みなさんがデザイナーだったらこれを許せますか。

そんな細かいことはどうでもいいとおっしゃるかも知れませんが、みなさんはマスターを作る際、トワルやサンプルのフィッティングで、衿先はあと1ミリ削ろうとか、ポケット位置をあと2ミリほど中心に寄せようとか、そんな細かな修正をしているのではないですか? そこにデザイナーのセンスが表現され、パタンナーの意図が表現され、ブランドの価値が存在するのではないですか? だとしたら、衿先の3ミリは必ずグレーディングされるべきだと僕は思うのです。

かつてMEN’S BIGIの時代、僕たちはボタンサイズをグレーディングするために、わざわざボタンを別注したことがあるくらいです。マスターの身頃のバランスに合うように、その衿はその大きさになっているのであり、マスターの身頃のバランスに合うように、そのボタンはその大きさになっています。であれば、各サイズでそのバランスを崩してしまっていいでしょうか。デザイナーやパタンナーやMDが寄り集まり、多くの時間をかけああでもないこうでもないと修正を繰り返したそのバランスが、グレーディングによって壊されてしまうとしたら、僕たちが費やした時間と労力はどうしてくれるんですか。そもそもこの服を買っていただくお客様に対して失礼です。デザインの完成度はマスターサイズのみ優れていて、あとのサイズがどうでも良いとしたら、それはお客様に対する裏切りだと僕は思います。既製服の各サイズは、あくまでもマスターのバランスを維持しなければならないのであり、グレーディングは、ここにこだわって行われなければなりません。
計算式が不要

みなさんにひとつ質問を出しましょう。
下の図は上物のネックから肩周りをクローズアップしたものです。

図1. みなさんが行っているこれまでのグレーディング方法でネックをマスターから0.7cm(半身で)大きくする場合、サイドネックポイントAとA’は、 それぞれどう動かせばいいですか。座標値で答えなさい。
図2. 次に肩先を移動しますが、肩幅を0.5cm大きくし、なおかつマスターの肩線と平行になるためには、肩先ポイントBとB’はそれぞれどう動かせばいいですか。座標値で答えなさい。

さて正解はどうなるでしょう。答えは「わからない」です。
もちろん僕にだって答えは「わからない」です。もしこの答えが分かる人がいれば、是非ともメールでお知らせいただきたいと思うのですが、不十分な条件しか与えられず、ましてや数学者でもない限り、この答えは決して誰にもわからないはずです。にもかかわらずみなさんはこれをやっていますよね。とても不思議だとは思いませんか。

恐らく多くのみなさんは以下のようにやっています。これはバスト3cmピッチで変化する場合の模範例として、学校でも教えられ、CADでも行われている一般的な答えです。

では質問を代えて、上図1で動かした場合、ネックは半身で何センチ大きくなりますか?
 図2で動かした場合、肩線はマスターに対して平行ですか? またアームホールは何センチ大きくなりますか?

回答はいずれも「わからない」です。みなさんが行っているグレーディング方法では、最初の質問も上の質問もすべて答は「わからない」です。それはまるでコンパスもGPSも持たないで太平洋に漕ぎ出すようなものです。右も左もなにひとつわからないまま、できあがった結果をメジャーで測って初めて答えを得ることができるという方法です。誰ひとり答えが解らないまま行うグレーディングとは、まさに21世紀の怪奇現象と言わざるを得ません。納得のいかない矛盾だらけの方法ですが、こんなグレーディングを、みなさんは、しかもCADという、スマホ時代に相応しいとされる道具を使ってやっているんですよ。それってどういうことですか。

一方比例バランスグレーディングでは計算式は不必要です。パターンの各ポイントを座標軸に沿って何センチ動かすという理論ではありませんので、そのための計算式など不要です。大きいサイズはマスターに対して何パーセント拡大されるのか。また小さい方は何パーセント縮小されるのか。そのパーセンテージを求めるだけです。しかもこれは頭で考え、計算によって出てくる答えではありません。設計基準さえあれば、拡大縮小率は合理的な帰結として必然的に導かれます。そしてあえて計算すれば、これは極めて当たり前の話ですが、パターンの各部位、つまりネックやアームホールが各サイズ毎で何センチになるのかという「答え」を事前に知ることができます。極めて解りやすい、すっきりとした考え方だと思いませんか。

上述したとおり、これまでのグレーディングは矛盾に満ちています。誰もその因果関係や必然性、果ては答えそのものすら解らないまま行われています。誰もが何もわからないまま行われているのですから、そうなるとパタンナー自身がグレーディングを避け、グレーディングについて考えることを辞めてしまいます。するとどうなるか。結果としてCADに頼ることとなります。しかしもちろん、CADはその矛盾だらけの方法論を単にコンピュータに移植しただけのものですから、矛盾は何ら解決されていませんし、出るはずのない答えを無理矢理引っ張り出すという荒技を披露するくらいですから、むしろ矛盾はますます深くなる一方です。昔も今もCADはお金がかかります。何百万という導入コストと追加プログラムの作成コスト、さらにはオペレータの人件費やトレーニング費用、OSのバージョンアップに伴うアップデート費用と、膨大なコストと人材を覚悟しなければ実現できないシステムです。

一方比例バランスグレーディングを考えてください。拡大縮小率を入力してエンターキーを押すだけで終わってしまうのですから、これなら小学生でもできることです。もちろん数分で終わってしまう作業ですから、パタンナー自身がやれば済むことですし、もしも誰か第三者にその作業をやらせるとしても、指示するパタンナーが理解さえしていれば、オペレータにはパターンメーキングの知識もグレーディングの知識も何も必要ではありません。何とも安上がりなグレーディングです。

これまでの解説を読んでみると、比例バランスグレーディングは、完全無欠、唯一無二の方法論のように聞こえますが、決してそうではないという話もしておきましょう。

グレーディングでカバーできる顧客の範囲は、グレーディング方法とは無関係に一定です。これはグレーディング及び既製服の原則ですが、どのようなグレーディングを行ったところで、そのサイズにぴったりハマる人は世界中に唯もいないという考え方です。ポイント移動式でも切開式でも、比例バランスグレーディングでもこの原則に支配されていることに変わりないため、市場の顧客をカバーできる率は、どのグレーディング方法も同じです。グレーディングによってより多くの顧客をカバーできるなどというのは、儚い幻想に過ぎないということを知らなければなりません。

多くの献身的パタンナーは、より多くの消費者をカバーするべきと考え、大きさだけではなく体型そのものもグレーディングによって変化させるべきと考えてきましたが、どんなに苦労してそのようなグレーディングを行ったところで、そのサイズに当てはまる人は存在しないのです。比例バランスグレーディングは革命的と言えるほど合理的な方法ではありますが、顧客のカバー率という点に於いては、みんさんが行ってる方法と同じです。比例バランスグレーディングを行ったからといって、決してカバー率が拡大し売上が増えるなどという法則は存在しません。何度も言うように、どんな方法論を採ったところで、カバー率は常に一定なのです。それがグレーディングの、いや既製服の宿命です(詳しくは法則と原理をご覧ください)。

ならばどうして僕は比例バランスグレーディングにこだわるのか。その理由は上記した特徴からお解りいただけると思います。上記の特徴をまとめると、安い早い簡単正確ということになりますが、どの方法論でも結果が同じならば、安くて簡単で誰にでもできて解りやすい方法がいいと、単純にそう考えるからに過ぎません。僕はこの方法を25年も前から行っていますが、まるで原則を裏切るかのように、MEN’S BIGIは80年代の最後に史上最高の売上を達成しています。年間何百万着と作られた服のほとんどは、比例バランスによってグレーディングされていました。また現在僕が担当しているTHE NORTH FACEは、年々売上が増加し、昨年対比は右肩上がりです。ここでも年間何百万着もの服が作られていますが、そのほとんどは比例バランスによってグレーディングされています。もちろん売上増加とグレーディングとは何の関係もありません。単なる偶然と言うしかないでしょう。しかし少なくとも、この方法が多くの消費者を裏切っていない、ということだけは事実だと思います。