定義だの法則だの面倒な話が続きます。ウザったいことのお嫌いな方はどうぞ飛ばして先にお進みください。
ここでお話ししたいのは既製服作りを一貫して支配している一定の力についてです。力とはつまり重力のようなものです。物が落ちるのも人工衛星が飛んでいられるのも重力があってこその現象です。このように全てに於いて普遍的に影響を与えている力を法則、あるいは原理と呼びます。では既製服のすべてに影響を及ぼしている一定の力とは何でしょうか。恐らく法則や原理は複数あると思われますが、ここではそのふたつについて解説します。
既製服の第一法則 : 大は小を兼ねる
既製服の第二法則 : 客に合わせて作らない
ちなみに第三法則として「服の善し悪しは好みが決める」というのがあります。もちろんグレーディングにもこの法則は適用されるのですが、この解説はそのうち玉置の考えで詳述します。
1. 大は小を兼ねる
第一法則の「大は小を兼ねる」はあえて言うまでもなく誰にでもご理解いただける法則です。そして服作りの大法則であり原理原則です。本来なら「玉置の考え」または「パターンメーキング理論編」で解説すべき内容かも知れませんが、特にグレーディング時にこの法則が生きてくるため、あえてグレーディング理論の中でお伝えします。
仮にワンサイズの服を想定してください。つまりグレーディングされてない服、フリーサイズの服ということです。このワンサイズで全ての人が着られるようにしたいとしたら、この服はどの程度大きく作ればいいかお解りですか。少なくとも身長2メートル、体重180kg、バスト寸でいうなら140cm以上のヌード寸法を考えなくてはならないでしょう。この大きさならば小錦さんはもちろん、生まれたばかりの赤ちゃんまで着ることができます。なぜなら大きいからです。
これは第二法則に通ずる話ですが、既製服は誰か特定の顧客を想定して作られていません。客が服に合わせるものです。もしもワンサイズの服を身長170cm、体重65kg、バスト寸96cmというヌード寸で作ったら、それ以上大きな人は着ることができないのです。もちろんグレーディングという方法があるのですから、できるだけ多くの人々を満足させられるサイズ展開をするべきでしょうが、小売店の在庫やメーカーの効率を考えると、なかなか多サイズでの展開は難しいのも現実です。したがって既製服は最小限のサイズ展開で、より多くの消費者を包含できる大きさに設定する必要があるのです。似合っているかどうか別問題として、大きければ小さい人も着ることはできます。しかし小さければ着ることすらできなくなってしまいます。だから大きめに作らなければなりません。これが「大は小を兼ねる」の法則です。グレーディングをする際もこれを念頭に置き、大きいサイズはより大きめに、小さいサイズもより大きめにという心がけが必要だと思います。そしてこの考え方は、グレーディングの常識を覆すあるひとつの結論を導きます。それはサイズ間ピッチが不等値になるということです。
2. 客に合わせて作らない
第二法則の「客に合わせて作らない」は、これもまたあえて言う必要がないほど浸透した既製服の法則です。
体格調査などに基づいたデータを元に、ほとんどのメーカーは標準的体格を基準として服を作っています。標準的体格とは平均的体格とほとんど同義語ですが、人口に対する存在割合が最も多いとされる体格という意味です。簡単に言えば一番よく見られる体格ということです。そしてその上下に、あるいは前後にと言ってもいいかも知れませんが、標準より小さい体格と大きい体格をそれぞれ何段階かに分けてグレーディングするわけです。そうすることでより多くの人々をカバーしようという魂胆ですが、だからといって、決して誰か特定の体格体型を想定しているわけではありません。想定しているのはメーカー側の勝手な考えであって、しかも基準はメーカーによって様々です。
更に重要なのは人の好みです。これは既製服の第三法則でもありますが、デザインの善し悪しとともに、サイズもまた人の好みによって選択されるものです。大きめのゆったりとした服が好きな人もいれば、ぴったりとしたタイトな服が好きな人もいます。メーカーが勝手にこの服は身長170cmの人を想定して作ってありますとは言っても、服に音痴だった戦後じゃあるまいし、いまどきメーカーのお仕着せで服を購入する人は滅多にいません。誰もが自由に自分の好みでサイズを選択し、その時の気分や着合わせを考慮した買い物をしています。それはつまりお客様の方が自分の好みや体格に合わせて服を選ぶということで、お客様に合わせて服を作ってはいないということです。
例えばエビちゃんの体格体型を想定した服を作ったとしましょう。これは柳原さんには着て欲しくないとメーカーでは思っています。しかし柳原さんはこの服が着たいのです。他人の視線はともあれ、寄せて上げて無理矢理押し込んで、彼女はこの服を何とか着るかも知れません。それほど極端な例は別にしても、ほとんどの人は既製服は自分にぴったり合うなどとは考えていません。誰もが妥協して服を買っているのです。
この第二法則は既製服を作る上でとても重要なものですが、グレーディングもまたこの法則に支配されていることは言うまでもありません。原則的な話をすれば、人の体型体格は同じものがふたつとありません。100人いればすべて顔が違うように体型体格も100通りあります。したがって本当にすべての人にぴったり合った服を作りたいのであれば100サイズのグレーディングをしなければならないことになるのです。これではオートクチュールですね。既製服とは言えません。どんなに頑張って緻密なグレーディングをしたところで、厳密な意味で合致する人はほとんどいないという話です。柳原さんの体型に合わせてグレーディングしたところで、ぴったり合うのは世の中でただひとり柳原さんだけなのです。
まとめましょう。
客の体型体格を考慮したグレーディングは意味がありません。なぜなら既製服は客が自分の体型体格好みに合わせて服を選択するものだからです。しかも、すべての客が個別の体型体格をしているからです。