アームホールと袖の基本1で解説したとおり、袖は単純な円柱であり、その袖がきっちり納まったところがアームホールです。これは僕の服作りの基本的な考え方であり服のメカニズムの原理原則でもあるのですが、身頃と袖を別のパーツとして捉えているため、その接合部分にアームホールという部位が生じることが特徴でもあります。このような構造は通常「セットイン」と呼ばれています。ではラグランの場合はどうなるのでしょうか。ご承知のとおり、ラグラン袖は身頃の一部がはじめから袖と合体しています。したがってアームホールという部位がありません。袖がきっちり納まったところがアームホールであるとする僕の考え方からすれば、ラグランにもアームホールがなければならないことになります。そうです。ラグランと言えども、アームホールは存在するのです。今回はそのあたりの解説をします。たしかにラグラン袖は身頃の一部とセットイン袖が合体していますが、逆説的に捉えれば、袖と身頃に分割できるという意味でもあります。つまり通常の袖が、身頃の一部と合体しただけだと考えるわけです。であれば、当然そこにはアームホールが存在し、通常のセットインと同じ考え方が適用されることになります。そう考えれば、ラグランはいたって簡単なものに見えてくるはずです。普通の身頃と袖があり、身頃側がラグラン線で切り替わっているだけなのです。問題は袖と切替えられた身頃の一部をどうつなぐか、という一点にしぼられます。今回は基本編としてラグラン一枚袖を作りますが、ドレーピングには裏毛を使用しています。なんでもない普通のスエット・トレーナーなどをイメージしてください。最初に作り方の流れを見ておきましょう。

1.ドレーピングで通常のセットインを組む。
2.身頃にラグランの切替線を入れる。
3.袖と身頃の接合部分を検証する。

順を追って解説します。
 



1. 通常のセットインを組む

下は通常のセットインを半身で組んだところです。肩傾斜はダミーヌードのままですが、素材に裏毛を使っているため、布帛ほどのシワは出ていません。取り付けた袖のデータは以下のとおりです。

袖山 = 5cm
袖幅 = 21cm

ラグランを作るにあたり、最も重要な点は袖部分と身頃部分をどうつなぐかと言いましたが、それを決めるための重要なファクターが左写真(A)の袖と身頃の関係です。赤線を注目してほしいのですが、肩線の延長線上に、袖がまっすぐ取り付いている点です。これを山角度0°と呼びます(アームホールと袖の基本2を参照)が、このような袖を付けない限り、身頃との接続部分を求めることができません。5cmという低い袖山を設定することで、このようなセットインになるわけですが、この5cmという数値の根拠は、大変申し訳ないのですが単なる経験則でしかありません。肩幅や肩傾斜によって異なってくるため、正確にこれを算出する方法がないのです。しかし心配はいりません。僕のやり方では袖が最初にありきですから、アームホールはあくまでも袖がきっちり納まったところです。つまり肩幅も山角度も必然的な結果として得られるものです。適当な袖(ここでは経験的に山の高さを5cmと設定した)を作り、これを取り付ける際、山角度が0になるよう、つまり肩傾斜と同じ角度になるように取り付ければいいだけのことです。上記のとおり、注意すべき点はセットインの山角度だけです。山角度0の袖さえ作れれば、ラグラン作りのほぼ90%は終了します。極めて簡単ですね。




2. ラグラン線を入れる

身頃にラグラン線を入れます。これはデザイン線ですから、好きなように入れてください。下の写真はドレーピングトワルをバラした状態です。パターンはあくまでもセットインですが、その身頃にラグラン線が描かれてある、という状態です。これをトレースしてパターンを引くわけですが、その時点で一枚袖ラグランを同時に引くようにします。



3. トレースとラグラン製図

冒頭に書いたとおり、ラグラン線を引くにあたって最も重要なのは、袖部分と身頃部分の接合点です。ムービーでは前の接合点をA’、後をB’として作図の様子を映していますが、この位置を求める方法が無いため、わざわざ普通のセットインから始め、袖の山角度を0°に設定してドレーピングする必要がありました。もしも他に、例えば平面製図でこの位置を求められる方法があるなら、どなたか教えていただきたいと思います。

トレースと作図で重要なことは、セットインの袖山を肩先に合わせるところです。ややもすると案内線に惑わされてしまいがちですが、案内線などには何の根拠もないのですから、あくまでも立体として組み上がった状態を想定して作業しなければなりません。具体的には前後身頃アームホールに、袖山が均等に接するように合わせるということですが、基本は身頃脇面をやや前振りに作っているわけですから、袖の中心線は肩線の延長より前側に振られていなければ話が合いません。

もうひとつ重要な点は、これも案内線に惑わされないという話です。ラグランの距離を合わせる際、優先されるべきはカーブの美しさです。美しいカーブを維持してなおかつ距離の合う、そのような位置を見つけなければなりません。セットインのワタリ線等、既存の案内線に惑わされていてはだめなのです。



4. 検証

平面で作ったラグラン線が、予想どおりの立体になったかどうかを検証します。もちろん通常はなりません。ならないのが解っているから検証するのですが、セットインの袖付け作業と同じように、袖がきっちり納まったところがアームホール(この場合はラグラン線)ですから、袖に合わせて身頃のカーブを修正します。

平面ではスムーズで美しい線に見えても、立体の人間が着た時にどう見えるかは別問題です。特にラグランは面が変わる部分(背中面、脇面、前身面)でカーブが変化しがちです。下の写真が変化した様子を表しています。赤破線は平面で作った線、黒の破線が実際に袖を取り付けた際にマークした印です。袖が無理なく自然に座った線はこうなるよと教えてくれています。脇位置も前に数ミリずれてしまいました。これが正しい位置なのです。