パンツのメカニズム 1

パンツほど、着用する人の体型に左右される服はありません。それだけに、既製服でカッコいいパンツを作ることは難しいとされています。しかしパンツのメカニズムはそれほど難しいものではないのです。なにしろ前身と後身の2パーツしかないのですから、構造は極めて単純です。メカニズムは単純かも知れませんが、パーツが2個しかないのですから、パターンメーキングはやはり困難と言わざるを得ないでしょう。なぜなら、ジャケットのプリンセスラインのように、シルエットを出すための切替を使えないからです。パンツの切替は3箇所のみ。脇、内股、そして尻グリです。この3箇所の切替だけで、あらゆるシルエットを表現しろと言うのですから、やはりこれは難しいということになるでしょう。

パンツの解説はかなり長くなると予想されますので、何ページかに分けて随時書き足していくことにします。まずはステップ1としてパンツの基本的な解説をします。しかしその前にひとつお断りしなければならないことがあります。恐らく僕の解説はみなさんの常識とはかなり違うものになると思います。なぜならここで解説するパンツは、アイロンのクセ取りを一切行わないことを前提としているからです。ここがミソです。純粋にパターンテクニックのみでシルエットを作ります。切替は上記した3箇所のみ。ダーツも一般的な後ダーツのみです。世間ではアイロン技術を前提としたパンツパターンがまかり通っていますが、僕のパターンメーキングはここが違います。玉置の考えでも書いたとおり、既製服は原則としてアイロン技術を使えません。したがって既製服のパターンは、そのことを前提に研究されるべきだと思っています。僕はネックのメカニズムで、ネックは伸ばしてはいけないと考えるみなさんの常識は間違っていると解説しました。みなさんの常識は、パンツでも覆されるかも知れません。

1. パンツは2本の筒でできている

下の写真(左)はメンズのボディーを写したものです。ヒップラインから下を見たとき、白線で示すとおり、パンツは単純な筒でできていることがわかります。写真(右)は女性用ダミーですが、メンズと同様、やはりヒップラインから下は、先が細くテーパーした、ただの筒であることが解ります。

ヒップラインより上、ウエスト周りは2本の筒が合体し、女性では極端に細く変化するため、ダーツ処理が必要になることは理解できます。しかしヒップより下はまったく単純な筒でしかありません。もう少し詳しく言うと、先細の円錐形状です。だとしたら、脇線と内股線は直線で表現できるはずです。では一般的なパターンはどうなっているでしょう。

2. 一般的なパターンを見ると・・・

下は教科書などでよく見る一般的なメンズのノータックパターンです。上記のとおりパンツが単純な筒だとしたら、図中A、Bで示した後身頃の内股と脇の曲線はいったいどういうことでしょうか。上の写真にある赤線を見てもわかるとおり、太腿やふくらはぎは、大根やゴーヤのような紡錘形をしています。つまり内側に向かってカーブこそすれ、左図のように脇と内股が外側にカーブするはずは決して無いはずです。これを仮に、生地ではなく紙で組んだ場合を考えてみましょう。このパターンで綺麗な円筒形になるでしょうか。いや生地でも同じです。前述したとおりアイロンはいっさい使わないという前提ですから、内股Aも脇線Bもこんなにカーブしていては、決してシワの出ないストレートなテーパーは表現できません。

前身頃の内股と脇は、ヒップラインより下でほぼストレートになっています。これならある程度は綺麗な円筒形になるだろうと予想できますが、これに後身頃を縫い合わせたらどうでしょう。アイロンで縫い目を割れば何とかなるかも知れませんが、もし仮にこれがカジュアルパンツだったらどうでしょう。脇は後高の片倒しでダブルステッチがかかるとしたら、このカーブはどうなってしまうのでしょうか。図中A、Bで示した後身頃の内股と脇の曲線は、実はアイロンのクセ取りを前提とした曲線なのです。

3. クセ取り

下の図はクセ取りの様子を模式的に描いています。赤い矢印は後身頃の地の目の流れを示していますが、曲線だった後身頃の内股線は、前身頃の内股カーブに合わせてクセが取られ、結果として直線に近くなり、その取られたクセはすべてお尻の膨らみとなってクリースライン上に表現されます。

ふたつめの図はパンツの右身頃を横に寝かせ、それを上から見た状態ですが、接ぎ目の無いクリースラインに曲線ができています。本来パターンどおりに縫製したら、このラインは前身同様必ず直線になるはずですから、クセ取り無くしてこのシルエットは決して表現できないのです。

ということは、後身頃内股線の曲線は、実はクセ取りのためにあったということになります。クセ取りを前提としているために、わざわざきついカーブを描いているのです。もしクセ取りをしないのであれば、この曲線は余計な余りとして内股線上に盛り上がり、図のような平面的状態には決してなりません。つまり、パンツの内股線や脇線は、できるだけ直線に近い状態で表現する必要があります。



4. お尻と恥骨の膨らみ

パンツは単なる筒からできています。したがってパターンは直線を基本として作らなければなりません。下図はパターンを模式的に分解した状態です。股下はワタリから膝までと、膝から裾までの2本の筒でできています。またワタリから上はスカートと同じです。ヒップを包み込む大きな筒があると考えて問題ありません。ウエストのくびれは、上記したとおりダーツで処理します。ダーツは後身頃に1本(または2本)取り、脇切替でも多少は取れます。女性物で股上も深ければ、前身頃でも取らなければならないでしょうが、ヒップハング系のパンツなら前身にダーツは取らないのが普通です。いずれにしろ、円筒の縁をダーツでつまんだと考えればいいわけですから、左図のとおり、パンツは3個の筒からできている。しかもすべて直線で表現できるということがお解りいただけると思います。

以上で終われば確かにパンツは簡単ですね。しかしこれでは終わらないところにパンツの難しさがあります。パンツの最難箇所。それはヒップを包む筒と、太腿を包む筒との境目にあります。後身頃ではヒップの膨らみと太腿の差寸、前身は恥骨の膨らみと太腿の差寸、さらに男性は睾丸と陰茎をこの部分にぶら下げているわけです。ここをどう処理するのか。ここが美脚パンツとダメパンツの分かれ目であり、永年悩み続ける元凶でもあります。極端なことを言えば、パンツのテクニックはこの部分のみと言っても過言では無いほどです。

この続きはパンツのメカニズム 2をご覧ください。