裁断のページでも書いたとおり、縫製で重要なのはパターンどおり正確に縫うことです。伸ばしたり縮めたりせず、ひたすらパターンどおりに縫うことです。衿グリやアームホールなどの曲線部分はなかなか難しいと思いますが、とにかくひたすらパターンどおりに仕上がるよう、ミシンテクニックを駆使して縫わなければなりません。もちろん速さも必要です。しかしミシンばかりは、なかなか縫製工場のオペレータさんのようにはいきません。ダーっと一気に縫えればいいのですが、僕の腕でそんなことをしたら、とたんに正確性が失われてしまいます。ここはスピードを多少犠牲にしても、正確性にこだわるところです。

縫製で使う道具はミシンとアイロンです。それ以外の小道具も、例えばピンとか小鋏とか目打ちとかいろいろありますが、特にこだわってるというものではなく、ありきたりのものを使っています。ただしミシンとアイロン、バキュームにはこだわります。僕は昔から工業用しか使わないのですが、文化の学生が買わされる、いわゆる職業用という名目のミシンを使ったことがあるのですが、これはイケません。音はうるさいしスピードは遅いし、何といってもレスポンスが悪すぎます。僕の操作にまったく付いて来られないんです。いったいどこが職業用なのかと思いますが、こんなミシンを強制的に買わされている学生達が可哀想でなりません。うちのスタッフもほとんどが文化卒業なので、みんなこのミシンを持っているのですが、気が利く奴らは、とっくの昔にヤフオクで売り払ったようです。正解です。 アイロンも同じです。後ほど詳しく話しますが、工業用でないとまったく役に立ちません。まずはミシンを見てもらいましょう。
 

1-1. ミシン

下の写真は僕が仕事場で使っているミシンです。自動糸切りですが、これは便利です。ミシンはタイミングで動作する機械なので、調子の善し悪しががとても重要です。しかし調子を整えるのはまるでピアノの調律ように難しく、自分ではなかなかできません。なので消耗品やメンテナンスのことも考え、信頼できるミシン屋さんとセットで揃えなければならないのですが、残念ながら都内のミシン屋さんは次々と廃業に追い込まれ、いま僕はとても困っています。どなたか良いミシン屋さんをご存じでしたらご紹介ください。




1-2. 押さえガネ各種

滑るもの滑らないもの、厚いもの薄いもの、伸びるもの伸びないものと、僕はいろいろな素材でトワルを組むため、押さえガネは各種用意してあります。一番左はミシンに取り付けられていますが、ごく普通の平押さえです。その右が細幅(約6ミリ)押さえ、シリコン押さえ、片押さえ左右、スライドリング押さえ、です。シリコンは滑りにくいものを縫うときに使いますが、もっと滑らないものを縫うときは、シリコンの輪が付いたリング押さえを使います。これは動画で見た方が良く解ると思いますが、シリコン製のリングが回転しながら生地に密着するため、まるで上下送りのような感覚で縫うことができます。画像は押さえガネの種類です。

1. 普通押さえ
2. 細幅押さえ
3. シリコン押さえ
4. 片押さえ右
5. 片押さえ左
6. シリコン・リング押さえ





1-3. ミシンの扱い方

ミシンはただ踏むだけの単純な機械ですが、鋭い針も付いてるし、モーターの回転トルクはかなり大きく、ある意味危険な機械です。したがって基本的な扱い方というのがあります。まずはスイッチのONとOFFです。使用するときにON、使い終わったらOFFですが、 こんな当たり前のことをきっちりできない人というのがいます。 スイッチがONになったままのペダルを知らずに踏んでしまうことがあります。ミシンはダーっと勢いよく走り出します。たまたま針の近くに何かあったらどうなるでしょう。もし固いものなら針が折れて飛散します。これが目に飛び込んで大けがをしたという話を、僕は修業時代に親方から聞きました。例えば押さえガネの交換作業をしてる最中に、誤ってペダルを踏んでしまうことだってあります。手が針のすぐ近くにあるわけですから、いきなり走り出したらどうなるか想像してみてください。スイッチをONにしたままミシンから離れ、例えばアイロン台で作業をする、といったケースを良く見かけます。僕はこうしたボーンヘッドには厳しく対応します。ONとOFFをこまめに切り替えるクセを、自分自身にたたき込まなければいけません。

僕がもうひとつスタッフに強く躾けていることがあります。それは下糸巻きです。ミシンには必ず下糸巻きの機能が付いていますが、同じ色の糸を最低でも2個用意し、ひとつはもちろん縫い糸としてミシンに掛け、もうひとつは下糸用に、これも常にミシンに掛けるように指導しています。下糸は頻繁に取り替えなければならないわけですから、これが常に準備されているという状態を維持するわけです。下糸の交換時に、空になったボビンをすかさずミシンに掛ける。知らない間に手が勝手に動くようになるほど、自分自身にクセとしてたたき込むべきです。

そしてもうひとつスタッフに口うるさく言っているのは、使ったものは必ずデフォルトに戻すという点です。これはミシンに限らず、設備を複数のスタッフで共有する場合の常識です。例えば扱う生地の主体がシーチングであるため、うちではミシンの糸は白がデフォルトです。したがって他の色の糸を使ったら、作業の終了時に必ず白に掛け替えなければなりません。目打ちも小鋏も定規も、すべての道具はその置き場所が決まっているので、使い終わったら必ず元に戻す。これがデフォルトに戻すという意味ですが、こんな当たり前のことが、うちのスタッフでさえ満足にできません。情けない話です。

2-1. 返し縫い

ここからはミシンの具体的な縫製方法についてお話しします。まずは返し縫いです。返し縫いの方法は基本的に3種類あります。ミシンを使うときまずはじめに運針を調整します。 ダイアルを回して適当な数値を選びますが、ここで設定した運針どおりに返し縫いをする場合、針の直近にある等幅返し縫いレバーを押し込みます。押し込んでいる間だけミシンはバックします。これに対し、運針数を好きなように変化させながら返し縫いができるのがマニュアル返し縫いです。運針ダイアルの下にある大きなレバーですが、これを押し下げている間バックするわけですが、押し下げる量によって運針が変化します。通常はこの2種類の返し縫いを使い分けるのですが、もうひとつ返し縫いの方法があります。一方向返し縫いという方法です。これは前進のまま行うため、正しくは返し(バック)ではありません。ミシンをバックさせるのではなく、生地を逆転させます。縫い終わりで針を止め、生地を逆転させ、同じ針穴に落ちるよう操作しながら、3〜4針走らせ、また生地を逆転させ最後まで走らせるという方法です。以下のムービーはその方法を写しています。またその下に3種類の返しを撮りましたが、これはちょっとわかりにくいですね。等幅が最も一般的、というか多く使われているようです。返しを強固にしたい場合はマニュアルを使います。運針数を細かくすることでほつれにくくなります。しかしその分美しさが損なわれますし、あまり細かくしすぎると、裏側で糸がダンゴになったりもします。下の写真では等幅と同じような見た目ですが、一方向はとても綺麗な仕上がりをするのが特徴です。その分手間がかかりますが、目立つ部分に返しが必要な場合は、これがベストです。状況に応じてこの3種類を使い分けてください。とここまでは返し縫いの方法を説明しましたが、トワル組みについては、ほとんどの場合返し縫いをしないのが基本です。トワルは修正されることを原則としているため、バラしやすく縫製することも重要です。糸調子のバランスをわざと悪くしたり、運針数をできるだけ粗く設定するなど、要はほどけやすい縫い目にする必要があります。特に衿付けや袖付けは、簡単にバラせるように縫うべきです。もちろん返し縫いが必要な場合もあるでしょうが、運針数はなるべく大きくし、一針か二針返せば十分です。




2-2. 糸調子

糸調子とは、上糸と下糸との張力のバランスです。美しい縫い目にするためには、このバランスをきちんと取らなければなりませんが、返し縫い同様、トワル組みの場合は、あえてこのバランスを崩しほどけやすい縫い目にすることが基本です。そのためには正しい糸調子調整方法を知らなければなりませんので、まずはその方法を解説します。

糸調子は下糸側から調整します。世の中には下糸の張力をグラム表示で教えてくれる機械もあるのですが、縫製工場ではないので、うちにはそんな機械はありません。もっぱらカンを頼りにやるだけですが、これを言葉で説明するのはとても困難です。 ボビンケースにボビンを収め糸を出します。その糸先を持ってそっと持ち上げたとき、ケースが落下するようでは張力が弱すぎます。ネジを締めて強くしますが、手を振っても落ちないほどでは強すぎです。そっと持ち上げる程度なら落ちず、ちょっと手を振ると落ちてしまう。その程度がちょうど良い強さです。





ボビンの方向

ボビンの方向についても解説しておきましょう。ケースに対して右回りで入れるのか左回りで入れるのか、これはミシンメーカーにも問い合わせて確認しましたが、結論はどちらでも構わないということでした。縫製工場のベテランオペレータさんにもお聞きしましたが、やはりどちらでも良いそうです。その時の糸の条件(太さや滑り具合)に応じて、右を試したり左で試したりするそうです。どちらにしても良い調子が出ればそれでOKということだそうです。





上糸の調整

上糸はみなさんが普段なさってるとおりで間違いありません。上下2箇所ある調整ダイアルを使い、適当な調子を見つければいいだけのことです。ほとんどの場合、下にあるメインダイアルのみで調整可能ですが、うまく調子が出なければ、上にあるサブダイアルを使っても構いません。いずれにしろ下糸は触らず、上糸のみで調子を整えます。問題は良い調子がどんなものか、ですよね。写真では良く解らないので以下のとおり図解しますが、生地を挟んで、上糸と下糸の張力が同じになり、表から見ても裏から見ても、同じような縫い目に見えるのが良い調子です。言葉を代えると、生地の厚みに対して緩くもきつくもなく、程良い締まり具合で上下の糸が絡み合ってる状態ということになります。したがってトワル用にほどけやすい縫い目を作るには、そのバランスを崩せばいいことになります。もちろん上糸だけでバランスを崩します。 うまくバランスが崩れた縫い目は、最後の動画のように簡単にほどけます。





糸の通し方

先日このページをアップしたあと、お叱りのメールをいただきました。間違えているのは、何と私の方でした。みなさんには大変ご迷惑をおかけしましたが、どうぞお許しください。以下にあるのが正解の写真です。赤が正しい通し方なのですが、そのメカニズムについては後日改めて解説させていただきます。まずは私の誤りにお許しをいただき、正解の写真をアップしました。





ミシン糸の取り替え方

年を取って最も困ることは目が弱くなることです。目なんか頼っていても埒が開かないので、僕はもっぱら感で針に糸を通します。そうしたらうちのスタッフが文化の先生に教わりましたと言って、素敵な方法を教授してくれました。糸をつないで取り回す方法は誰でもやっていると思うのですが、最後の針が問題でした。僕はいままで糸を通し直すという方法を採っていたのですが、この方法なら、針穴さえも通過させることができます。ポイントは糸の結び方にあったのですが、何のことはない、普通の固結びで良かったんです。