テーラードジャケットの袖は、イセが入りなおかつ山が高いというのが、他のアイテムと違う大きな特徴のひとつだと思いますが、今回はそのイセ量と山の高さの関係について、もう少し突っ込んだ、別の角度からのお話しようと思います。

今回の話は TJメカニズム 3…..袖1の内容とダブることになるため、本来ならそこに加筆すべきだと思うのですが、2012年4月からやっている弥生会の講義の中で、イセ量と山の高さに関する新たな考えが僕の中に芽生えたため、新しいページを設けてお伝えした方が解り易いと判断しました。

この考え方が正しいか否かという点に関して、僕はたいした興味を持っていません。興味があるのは、これもドレーピングが導いてくれるパターンメカニズムのひとつだという点です。ドレーピングを通して得られる情報を検証することで、これまで常識とされてきた考え方や方法論に疑問を感じ、新たな可能性を探るという点が重要なのです。いつも申し上げるとおり、学校や先輩に教えられたことを鵜呑みにしているだけでは、稼げるパタンナーにはなれないからです。
 



1. 従来のイセの考え方

下の画像は TJメカニズム 3…..袖1で使ったものです。左側の写真Aは補正した紙袖を取り付けたものですが、この袖には、まだイセ分が含まれていないというのが特徴でした。このままでは山が高く見え、落ち着きが悪く思えますが、やがてこれにイセ分を加えると、袖は右の写真Bのように変化します。写真で黄色に塗られている部分がイセですが、イセ分が加えられることで山が高くなり、結果として袖が落ち着いてくるという仕組みです。

この黄色部分は肩でもっとも幅が広く、袖下あたりでゼロになっていきますが、これがまさに従来考えられてきたイセの配分方法であり、誰もがこの方法で袖を付けているはずです。僕もつい最近までこの方法で問題無いと思っていました。TJメカニズム 3…..袖1にもあったとおり、これで立派に綺麗な袖が付くからです。しかしそれにはひとつ、とても重要な条件がありました。それは肩幅です。




2. 肩幅と袖山の関係

詳しくはアームホールと袖の基本 2、またはアームホールと袖の基本 3を参照していただきたいのですが、僕はそこで、肩幅の一部は袖山の一部でもあるという話をしました。

上記のとおり、従来の考え方で袖を付けようと思ったら、肩幅は必ず一定の幅をキープしていなければなりません。それが条件として組み込まれているときはじめて、この袖は成立する仕組みになっています。

上と同じ袖を写真Cの黄色破線のように、もっと狭い肩幅で付けようと思ったとき、袖は右写真Dのように付くことになり、結果として山が低くなったのと同じ状態になります。これがつまり肩幅と袖山との関係ですが、これではいくら後からイセを加えたとしても、決して落ち着きの(ハンガー面の)良い袖にはなりません。落ち着かせるには、袖山をもっともっと高くしなければならないでしょう。つまり従来のイセ配分で袖付けを考えると、肩幅は意図的に狭くできないということになります。



3. 袖山高さの限界

下図を見てください。上記の理屈を別な角度から考察したものです。同じ太さの袖を同じ肩幅のジャケットに付けた場合、山角度の変化に伴う、アームホールの形状変化を模式的に表しています。この場合の特徴は、見た目の(正面または背面から見た)袖幅が同じだという点です。つまり紙で作った袖を、円筒形のまま、潰さずに取り付けた場合の変化です。

肩幅が同じ場合、山の低い袖はAのように付き、B、Cのようなハンガー面が良い袖を付けようと思うと、山はどんどん高くなり、アームホールの断面は縦長になってしまいます。それはつまり、カマ深が異様に深くなってしまうということです。

運動機能を考えれば、カマは浅いに越したことはありません。しかしAのようなセットでは、一般的なテーラードは持ちませんね。かといってC”の断面、C’のアームホールでは話になりません。いったいどうすればいいのでしょうか。



4. 狭い肩幅での袖付け

ここまで見てきたとおり、従来の考え方によるイセ配分では、肩幅を狭く設計することができません。しかし下図のように袖を潰してみると、狭い肩幅でも綺麗に袖が付くのです。

潰すとは図Bのとおり、円筒形の紙袖Aを、ぺたっと押し潰すことです。図中の赤破線はアームホールを表していますが、Aの袖がほぼアームホールどおりの断面形状をしているのに対し、潰されたBの袖はアーモンド型に横に広がっています。これは平面製図の方々が言うところの「眼」の形ですが、Aは断面形状とアームホールがほぼ合っているため、イセが無くてもそのまま付くことが予想できます。しかしBは、アームホールから横に大きく飛び出す部分があるため、このままでは付きそうにありません。実はこの飛び出した部分がイセなのです。



次の図は、潰れた袖の変化を背面(または正面)から見たものです。山の高さもアームホール断面も同じ袖でありながら、潰して取り付けることによって、袖のセット(山角度)が変化する点に注目して欲しいのです。

袖を円筒形のまま取り付けた上図では、Cの状態を作るために、有り得ないほどカマの深い、縦長の断面を作る必要がありました。しかし袖を潰すことで、カマは逆に浅くなり、当然のことながら、見た目の山の高さは低くなります。

これはとても興味深い変化だと言えます。ドレーピングによって導かれた、新たなメカニズムが見えます。それがイセ配分の違いです。


下の図はイセ配分の違いを模式的に表現しています。
Aは円筒形のまま潰さずに取り付けた袖ですが、これまでの袖A’は山近辺に最も多くのイセが入り、袖下に向かって徐々にその分量比率が小さくなりましたが、袖が潰れ断面が広がると、B’、C’のように、中間部に最も多くのイセを入れることになります。上の写真Bをもう一度見ていただきたいのですが、いわゆる「眼」の両側の、アームホールから飛び出した部分です。この部分をイセない限り、どうみても袖は付きそうにないと思いませんか。