パンツのメカニズム 6 尻グリ

2011年1月7日に行われた「弥生会」の受講者にパンツの設計で難しいと感じている箇所はどこですかという質問をしてみました。ウエスト周りや脇線、内股線などにも難しさは感じていらっしゃるでしょうが、みなさんが声を大にしておっしゃっていたのが「尻グリ」でした。当たり前の話だと思います。そもそも愚問だとは思いましたが、僕としてはこの当たり前の答えを確認しておきたかったのです。

何度も申し上げますがパンツは単純な筒からできています。そして一番上にあるヒップの筒に尻グリがあるわけですが、それ以外は原則として直線ですから難しいことは何もありません。強いて言えば太腿の筒から下、脛の筒をどうつなげるか、地の目をどうするかで悩む程度です。それらはパンツのメカニズム5で詳しく解説しました。やはり問題は尻グリです。その形状、大きさ、位置など、ここにパンツの肝が集約されています。

尻グリを最も簡単に解決する方法は、もちろんドレーピングです。
ドレーピングはいつも言うように脳ミソを使いません。目と指先と、感覚(これは脳ミソですかね)を使います。そしてドレーピングを長く経験すると、不思議なことにパターンや洋服のメカニズムが自然と理解できるようになります。これを僕は技術が身体に染みこむという表現をするのですが、何事も本質を理解するためにはメカニズムというものをしっかり把握する必要があります。鶏と卵かも知れませんが、メカニズムが解ればパターンも解るし、パターンが解るとメカニズムも解るのです。みなさんには是非ともドレーピングを実践していただき、尻グリのメカニズムをご理解いただきたいと思いますが、まずはポイントを明確にするために、尻グリの構成要素を絞り込みましょう。ポイントは以下の3点です。順を追って掘り下げてみましょう。

1.股幅
2.尻グリ長(尻グリ全体の長さ)
3.尻グリ形状
 



1. 股幅とは何か

平面でやる方々が最も悩むのが股幅の問題です。どのくらいの幅に設定すればいいかで悩むのでしょうが、そもそも股幅とは何によって決まってくるものなのか、そのメカニズムを理解する必要があります。



下図1をご覧ください。
ダミーのヒップ寸法と太腿付け根寸法を計測したものです。このダミーBLETAS Y6は、ヒップが約47cm、太腿付け根は約55cmあります。
ヒップと太腿の差寸が8cmとなるわけですが、これが股幅となります。 左図2を見てください。これはダミーをヒップライン付近で横に輪切りにし、上から見ている状態の模式図です。黒円は太腿の付け根を表しています。ヒップ寸法はFCから後のBCまでとなりますが、図中の赤線と橙線を足したものがその2分の1となります。

さて緑線に注目です。太腿の付け根は赤線の2倍ですが、本来ワタリの最小寸法はこの長さでいいはずです。ただし内股線はFCとBCを結ぶ中心線上になければなりません。緑線はその中心までの最短線となるわけですが、赤線プラスαの長さになっています。図2ではαが0.75cm、緑線の長さは14.5cm、ワタリは28.25cmとなります。これをワタリの最小値とします。つまりこのヒップ寸に対し、これより細いワタリは物理的にあり得ないという寸法です。要するに、このダミーが履ける最も細いパンツということです。このときの股幅は、ヒップと太腿の差寸8cmにα分0.75の2倍、1.5cmをプラスした寸法9.5cmとなります。 ならば最大値はどうなるのでしょうか。左図3はその様子を表しています。

緑線はBCを経由して中心に向かいますが、この距離が約18cm、αは4.25cmとなり、ワタリは31.75cmとなります。しかしこれが最大値ではありません。最大値は、実は無限です。もちろんこれは理論上の話で、現実的にはすぐそこで有限になるのですが、それでも大きくする分にはいくらでも大きくできるというのがワタリ寸法の特徴です。左図3のときの股幅は、差寸8cmにα分4.25の2倍、8.5cmをプラスした寸法16.5cmとなります。 図4はヒップと太腿の筒を広げ、横方向から眺めたものです。
股上の高さを21cm、股下を29cm、膝幅を20cmとした平面図ですが、ヒップと太腿の差寸が股幅になるという意味は、この図を見た方が解り易いかも知れません。

青破線はそれにα分が足されたものです。最小値である0.75が内側、4.25が外側となりますが、大きくするのはいくらでもできるという意味もお解りになると思います。図中の黄色の網掛け四角形の中に式が書かれていますが、これがヒップに対する股幅の比率です。股幅はヒップと太腿の差寸プラスαとなるわけですが、αをいくつにするかは自由です。ただしマイナスにはなりません。最低でもゼロ、使用する生地によってその数値は様々になると思いますが、一般的なノンストのパンツ素材を使った場合、現実的なαの値は1cm(半分で)以上になるはずです。






2. 尻グリ長と股上

尻グリ長とは尻グリ全体の長さを言います。これはみなさんにはあまりなじみのない概念かと思いますが、実はみなさんが言うところの股上寸法と同義語です。下の模式図は股幅の違う二種類のパターンを表していますが、ワタリ線からウエストまでの高さは同じです。みなさんはこれを股上寸と呼んでいます。

ここでちょっと考えてほしいのですが、AとBではどちらの尻グリが長いですか。一目瞭然ですね。それでは同じ人にAとBを履かせた場合、ウエスト位置あるいはクロッチの余り(股上)はどう変化すると思いますか。

仮にAがちょうど良かった場合、Bでは尻グリ全体の距離が長くなるるわけですから、ウエスト位置が高くなりすぎたりクロッチ下の余りが大きくなると考えられませんか。つまり股上が深くなるという意味です。

そのような考え方から、僕は股上という概念を用いず、常に尻グリの長さが全体で何センチあるのかという意識でパターンを作っています。たとえば細パンを作ろうとしたとき、細パンになるほど股幅も細くなりますから、尻グリ距離は必ず短くなるわけです。そこで不足分をプラスしますが、どこに加えるのかというと、結果として縦方向に加える以外にやりようがありません。平面的に見ると、ワタリ線を起点に測った前中心が高くなるわけですが、決して股上が深くなったわけではありません。股幅で取られた分を補っているだけなのです。したがって太いパンツを作れば股幅は広くなるので、前中心は当然のことながら低くなるわけです。ただし尻グリ距離は100なら100といつでも決まっているわけではありません。そのときのデザインや生地、気分に合わせて変化させます。いずれにしろ平面的な高低ではなく、尻グリは全体の長さとして捉えた方が無難だと思います。そもそも一般的に言うところの股上寸法を、上がった製品やサンプルではどうやって検品(計測)するのですか。ワタリからの高さを測れますか? それもあって、僕は距離を重視しています。





3. 尻グリ形状

尻グリ形状とは尻グリ全体の形を言います。前後股グリカーブはどのくらいの強さなのか。後中心と前中心が成す角度、いわゆる「ネカシ」はどれくらいなのかということです。しかしこればかりは平面的な解説ができません。もちろん結果だけを見てどうこう言うことは可能ですが、それは決して意味のあることにはなりません。なぜならここがパンツの核心部、肝であると同時に、平面では決して解り得ない要素だからです。じゃあどうするのか。ドレーピングです。ドレーピングをやる以外に形状を得ることは不可能だと思ってください。

下図は尻グリの形状が解り易いよう内股でつなげてあります。AとBで前後中心線が成す角度が異なります。一見ネカシが違っているように思うでしょうが、脇線と中心線を見てください。後身頃も前身頃も、中心線と脇線はほとんど平行です。これはどういう意味でしょうか。

パンツのメカニズム2またはパンツのメカニズム3の解説をもう一度ご覧ください。ここでは実際のドレーピングの様子を解説していますが、基本的なパターンを作る場合、トワルの前後中心線と脇線は、共に垂直になるようにドレーピングしています。だから平面で見ても中心線と脇線がほぼ平行になるわけですが、つまり立体で考えたとき中心線は常に垂直で、ネカシてなどいないという意味になります。ネカシについてはこれ以上申し上げませんが、上図AとBの前後中心線が成す角度は、ネカシではなく、内股線の傾斜角度に応じて変化するのだという点をご理解ください。また尻グリカーブの強さ、というか大きさというか、この形状はダミーによって(着用者によって)異なるわけですから、これはもうドレーピングをやる以外に求めようがありません。しかも細い太い、テーパーの角度など、様々なシルエットに応じて尻グリカーブは多彩に変化します。この点は別のレクチャーで解説しますが、こればかりは平面で求めることができないのです。





4. 尻グリは伸ばすのが原則

さて最後になりますが、みなさんはパンツを作っていてどう感じますか? 太パンと細パンのどちらが難しいですか。実はこれも愚問です。細パンが難しいに決まっているからです。誰でもそう考えていると思います。なぜ細パンが難しいのか。

ワタリを太腿寸法より細くできないというのは物理的な問題です。それでは中身が入らないわけですから無理に決まってますよね。ではαを1cmとした最小値のワタリなら本当に中身は入るのか。実際にやってみればお解りになると思いますが、これだけでは絶対に入りません。股幅が8cmプラスα分2cmで10cm。これで本当にヌード94cmのお尻が入ると思いますか。入らないのです。ではどうするか。股幅、つまりα分量を増やす以外にありません。しかしそれではパンツがどんどん太くなる一方です。細くしたのですからα、つまりワタリを広くするわけにはいかないのです。じゃあどうすればいいのか。だから、細パンは難しいのです。あるひとつのテクニックを加えない限り、α1cmの細パンなどあり得ないのです。そのテクニックが、尻グリの伸ばしです。

下のムービーは尻グリを伸ばして縫うところを写しています。どのくらい伸ばすのか。生地が破れる寸前まで、最大限に伸ばします。伸ばした生地は元に戻ろうとするため、縫い糸が浮いてきます。そこが重要なのですが、糸を浮かせていれば、大きい中身によって伸ばされた尻グリが破れず、糸切れも起こさず耐えてくれます。運針はめいっぱい細かくします。だいたい3cm間で30針以上です。そして二度縫い。これも必須です。これを守れば、糸浮きはまったく問題になりません。