1. どっちがどっち? の解答

今回のクイズには7名の方々(2013年6月23日現在)から解答をいただきましたが、いずれも正解で、根拠や理由も完璧なものでした。みなさんお忙しい中クイズにお付き合いいただきありがとうございました。

正解は下図のとおり、ボタンダウン・シャツ(BDシャツ)のパターンがB、チェック・シャツのパターンがAでした。

今回はモデルが着用したサンプルの写真を見て、その後から、それぞれのパターンを当てるというクイズでしたが、特徴や問題点を先に確認できたため、それほど難しいクイズではなかったと思います。もしこれらの写真が無く、パターンのみを見て、完成後の特徴や問題点を挙げろというクイズだったら、恐らく相当難しくなっていたでしょう。きっと僕も正解できなかったと思います。

平面のパターンだけを見て完成図を予想するのは、それなりのキャリアを積んだベテランで無い限り、そう簡単にできるワザではありません。平面パターンは原則として、組み上がってみないと、その形や特徴が解らないという性質を持っています。別な言い方をすると、組み上がって初めて、その服の欠点や問題点が発覚します。もちろんその時点で問題を解決し、完成度を高めていけばいいだけのことなのですが、本来ならパターンを引く時点で、完成図が頭の中に描けていなければなりませんし、それがプロのデザイナーであり、稼げるパタンナーに必要な、大きな条件のひとつだと僕は思います。





2. 解説 1

ふたつの写真を並べて、をもう一度比較してみましょう。
寸法で比較してみると、BDシャツは胸囲で1cm、チェック・シャツよりも大きくなっています。しかしまあ1cmですから、ほぼ同じバストと考えていいでしょう。にもかかわらず、BDシャツとチェック・シャツではその表情が大きく異なります。

BDシャツは、後身頃のバストラインから下の方で、かなり幅方向が余っています。またボタンを外した写真でも解るとおり、前幅が不足して苦しそうに見えます。袖の付け根や鎖骨の辺りも、引っ張られて苦しそうです。モデルの体型にまったく合ってないことが解ります。

一方チェック・シャツは、バスト周りの分量がバランス良く配分され、着用しているモデルの体型にとても良く合っています。 欠点らしい欠点は無いように見えます。

こうした比較から最初に思いつくのは、バスト分量の配分の問題です。背幅、脇幅、胸幅のバランスがどうなっているかという問題です。そこでパターンを見て見ると、なるほど、胸幅はほぼ同じですが、脇幅と背幅の数値が両者でまったく異なっているのに気がつきます。

BDシャツの背幅はチェック・シャツより半身で約1.8cmも広いのに、脇幅はチェック・シャツより約1cm狭くなってます。つまり脇幅の、後側半分が不足しているわけです。後側のアームホールが腕の付け根でひっかかり、それ以上服が前に回ってこられない状態です。

写真の白矢印で示す部分がそうなのですが、このモデルさんは腕の付け根(アームホール)が後に付いている体型です。そんな言葉は聞いたことありませんが、前肩に対して、後肩体型とでも言うのでしょうか、姿勢の良い女性に多く見られる体型です。背幅が広く胸幅が狭いということは、BDシャツは、前肩体型に作られているということですから、そういう服を姿勢の良い人が着ると、このように服が抜けてしまうのです。バストの分量配分に於いて、アームホールをどの位置に設定するかという問題は、TOPSを考える際の大きなポイントです。




3. 解説 2

さて服が抜ける原因は、アームホールの位置だけではありません。アームホールの位置と並んで、とても重要なポイントが、もうひとつあります。それは衿グリです。

下はそれぞれの画像を重ね合わせた写真です。黄色の矢印がBDシャツ、白矢印がチェック・シャツで、それぞれの衿グリ後中心位置を示しています。また上向きの矢印は衿が立ち上がって行く方向を示しています。黄色のBDシャツが前方に傾斜しているのに対し、白矢印のチェック・シャツは、衿がほぼ垂直に、真上に向かって立ち上がっています。別な言い方をすると、チェック・シャツは抜けた衿なんです。

僕のように古いパタンナーはほとんどでしょうが、若いパタンナーの中にも、抜けた衿は絶対ダメだと思っている方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。僕も若い頃、先輩方から口酸っぱく言われました。後アームホールが引っかかり、服が前に回って来ないから抜けるのだという話をしましたが、実は衿もまったく同じ現象を起こします。

下の画像にあるとおり、BDシャツの衿グリ後中心は、チェック・シャツのそれより約1cm高くなっています。後丈が長くなっているのですが、それはつまり、パターンが前首体型に作られているということです。この服を姿勢の良い後首体型の人が着ると、服は衿グリ後中心で引っかかり、前に回ってこなくなるのです。我々は「入らない」という表現を使いますが、つまり抜けるわけですが、衿を首に沿うように付けることでさらに引っかかりが強くなり、服はますます入らなくなります。下段の写真を見ると抜ける様子が良く解ります。衿グリの後中心で引っかかり、服が前に来ない。そう見えませんか。抜ける服は悪いという常識に支配され、我々はついつい後衿グリを高くしがちです。しかしそれによって生じる欠点があることも知るべきです。





4. 解説 3

ところで、パターンを見て衿グリ後中心位置が高いか低いか、このパターンが前首か後首か、そんなことが解るでしょうか。もしどなたかお解りになる方がいらっしゃったら教えていただきたいのですが、僕にはそれを見抜くことができません。

前後カマ深の合計に対する後カマ深の比率を計算すると、パターンAが58.21%で、Bが58.83%になっています。確かにBの方が高くなっているのですが、その差は僅か0.6%です。これだけでAが後首だと断定できるでしょうか。しかも前下がりはデザインにによって異なるのですから、前後カマ深の深さから割り出すという考え方は怪しいものです。





肩先の位置関係にしてもそうですね。Aは前の肩先がかなり高いため、後丈が短く感じます。Bは前後肩先の高さがほぼ同じに見えるので、Bの方が後丈が長く感じます。それによってBが前首になっていると思いがちですが、これも単なる思い込みです。肩線をどの位置で設定するかによって肩先は変わるわけですから、前後丈のバランスを

例えば11番の前ミツ幅を見てください。後ミツ幅はどちらもほぼ同じですが、前ミツ幅はAの方が広くなっています。一見すると、Aの方が前身の入り方がいいのかも知れないと感じてしまいます。チェック・シャツがボタンを外しても前が開かなかったのは、ひょっとしてこれが原因かも知れないと思います。しかしこれらの数値も、肩線をどこで切り替えるかによって変化するため、これを判断材料として使うことはできません。

冒頭でも書きましたが、このように平面パターンから得られる情報はとても少なく、なおかつ不明瞭です。上にある今回のパターンを見ても、バスト分量の配分差と、アームホール形状の違いくらいは見て解りますが、それ以外のことはほぼ何も解りません。つまり完成予想図が描けないということです。だからこそ、トワルを組んで確認しなければならないのです。平面パターンを見ただけで完成予想図が描けるのは、特別なキャリアを積んだ特殊なパタンナーだけです。そうでない我々は、トワルを組む以外に方法がありません。

とは言うものの、せっかくトワルを組んでも、欠点や問題点を見つけられなければ、それはそれで話になりません。今回のクイズを解くには、できあがったサンプルの問題点を見つけ出し、そのメカニズムと因果関係を調べ、パターンをチェックするというアプローチが必要でしたが、サンプルやトワルの問題点を発見できなければ成立しない話です。

パターンを見ても何も得られない。トワルを組んでも何も解らない。いったいどうすればいいのでしょう。立体です。ドレーピングです。ドレーピングという方法でパターンを設計すれば、全てのことが明確に見えてくるのです。