テーラードジャケットパターン全行程1
カッコイイ服が何かという議論は不毛に帰すでしょう。しかし我々は常にカッコイイ服を求めています。最近僕は思うのです。完成された技術とか、老練なテクニックとか、究極の職人技とか、こういったものを駆使して作った服って、案外カッコ悪いのかも知れないと。未熟な技術や未完成な感覚によって作られた服のほうが、かえってカッコ良かったりすることも多いのではないかと。
我々パタンナーは技術者ですから、自らのテクニックを磨き、技術を向上させるために日夜努力を続けています。「玉置の仕事場」もそれを目的として設立したページです。しかしすでに皆さんお気づきのように、玉置のパターンメーキングは、人とはかなり違っています。良いとか悪いとかは別にして、独創的というか個性的というか、僕のような方法でパターンを作っている人はほとんど見かけません。なぜ僕はそれほど人と違っているのか。そんなことはあまり考えたことがありませんが、最近特に思うことは、既製服に携わる技術者が、仕事の目的を明確に把握しているのか、という点です。
以下は僕の著書「iPM革命序説」からの抜粋です。
━━━━━━━我々の目的は売れる服を作ることである。売れる服をより早く、より安く、より高品質に作ることである。そしてそのための方法論を探求することが我々の仕事である。あるのかないのかわからない答えを求め、飽くなき探求を続けなければならないのである━━━━━━━
カッコイイ服とは何か、良い服とは何かという議論にあまり意味が無いと僕は言いましたが、僕はカッコイイ服や良い服の必要最低条件は「売れる服」でなければならないと考えています。どれほど優れた技術を用いても、その服が売れなければ、既製服としては落第だという意味です。我々技術屋はややもすると技術の追求に走り、仕事の本来の目的を見失いがちです。 技術の追求が悪いなどと言ってるのではありません。そんなことは技術者としては当たり前のことで、それ以上に、既製服に携わるスタッフである以上、どんなセクションのどんな仕事をしている人も、誰もが共通に抱くべき仕事の目的があります。それは、売れる服を作ることなのです。売れるためにどうするか。これを考えなければなりません。
本物を目指す・・・・・・よく聞く台詞です。・・・・・でも僕は問いたい。・・・・・・それで売れるの?
技術者は技術を持っていて当たり前なんです。当たり前の技術など、どんなに持っていても当たり前以上にはなりません。僕は一流のパタンナーを目指す方々のためにこのページを立ち上げました。一流のパタンナーとは、売れる服を、最短時間と最小コストで作り上げる、そんな技術を持った者を指します。それを稼げるパタンナーと言います。そのためにはどうするか。それを学ぶのが「玉置の仕事場」です。常識、既成概念、伝統技術、本物志向・・・。そんなもんに頼っていたら、売れる服など決して作れないと思うべきです。僕はメンズビギ、ザ・ノース・フェイスと、超巨大ブランドのパタンナーを努めてきました。これらの服は技術的な意味でホンモノだったでしょうか。その部分を良く考えるべきです。
前置きが長くなりました。そうした考えをふまえて、テーラードジャケット作りの全行程を、順を追ってご紹介します。全行程はかなりの長さになるため、何回かに分けてお送りします。まずは一回目ということで、ドレーピングまでをご覧いただきます。ハイビジョン映像でお楽しみください。頭の固い人には、理解できない作業かも知れませんが・・・。
さて今回僕がイメージしたジャケットがこの写真です。ご存じ「ルパン三世」ですが、主人公のルパンが着ているこの赤いジャケット。細身でカッコイイですよね。色もなかなかです。もちろん中身のルパンがカッコイイからジャケットもカッコイイのですが、まあ、あくまでも参考イメージということで、実際は肩幅をやや狭くし、ゴージの位置も上の絵よりは高くします。着丈はやや短めの方がいいかも知れません。とにかく、こんな雰囲気のジャケットを作ろうと思います。 |
1. ダミーを作る Teeシャツだろうがテーラードだろうが、何を作るにも、まず第一にしなければならないのはダミー作りです。そのためには、これから作ろうとするアイテムの性格と完成予想図がかなりのイメージで完成されている必要がありますが、いい加減なところはいい加減としてほっといて構いません。いま僕が考えているのは以下のようなことです。 1.肩幅は狭めに 2.袖山は低めに 3.肩のイセは無し 4.肩傾斜は18度くらい 5.3パネ 6.3ッ釦上ふたつ掛け 7.前ダーツはマニュプレ 素材はゴアテックスを使おうと思っています。雨の日でも気にしないで着られるジャケットを作りたいと思います。したがってイセなどは入れられません。アイロンテクニックを使わずに済むようなパターンメーキングをします。しかし袖山だけは多少なりとも入れたいですね。恐らくピリになるかギャザーっぽく見えるか、収まりは悪くなると思いますが、あえてそんなイメージで作ってみます。 |
ダミー作りは肩周りを慎重に考えます。
肩のイセは入れず、肩傾斜も18度(自分の中では低め)、なおかつノボリもちゃんとは表現しないので、ダミーの肩のしゃくれは邪魔になります。上の写真の矢印で示すとおり、しゃくれた隙間を埋め、さらに肩パットを積んで肩傾斜を高く(ダミーよりも怒り肩に)します。
2. シーチングを用意する
作るアイテムや素材によってケース・バイ・ケースですが、ドレーピングは原則としてシーチングを使います。
シーチングは平織りのものと綾地のものとを使い分けていますが、何を使っても大丈夫です。あまりこだわる必要はありません。僕は昔から湯通しの綾地を使っていますが、湯通しはアイロンでの収縮が小さく、伸びもそれほどでもないため、より正確な作業が可能です。
テーラードは後身を振り込むため、その分量を把握するのと、地の目の流れ方を確認するために、地の目は1cm間隔で3本入れます。
前身頃は打ち合いがダブルになることもあるので、生地端の余白は多めに取ります。またレディースの場合は反対側のバストトップが隠れる程度の余白が必要です。
3. ドレーピング1 後身頃
後身頃のポイントは何と言っても振込分量です。
肩にイセを入れない、3パネで作る、という計画がある以上、振込分量は必然的に決まってきます。詳しくはTJメカニズム1を参照してください。
パネル切替位置は自分では決められません。トワルに従わなくてはならないのです。ここらへんが僕のパターンメーキングの特徴ですが、頭の固い人には・・・。
4. ドレーピング2 前身頃
前身頃のポイントは以下のとおりです。
1.胸グセの処理方法
ここでは前ダーツをマニュプレで処理しようと決めているので、全てのクセ処理を前ダーツで解決することも可能です。しかし地の目が大きく変化するのは好ましくないので、半分くらいはクリースラインに逃がしています。
2.脇のつながり
後も前も、パネルの切替位置をピンでつまんでいます。つまり脇パネルの後半分は後身頃に、前半分は前身頃にあります。それをバランス良くつなげるわけですが、ウエストを絞ってある服は、必ずウエスト位置からピンを打つ、というのがポイントです。
5. ドレーピング3 上衿
衿用の不織布は1本の長い帯です。幅は衿の高さ、長さはネックの後中心から返り線の下止まりまでですから、まあ50cmもあれば十分でしょう。なるべく固くてしっかりした芯を使うのがポイントです。なぜなら、直線を正確にキープしたいからです。僕はバイリーンのBX45クラスに、さらに接着心を貼り付け、固くして使っています。そしてさらに、クリースライン部分の直線が曲がらないよう、ゴージより下部分を幅広にしてあります。
衿作りのポイントについてはテーラード衿の作り方を参照してください。
6. ドレーピング4 袖
紙で作った袖を用意しておきます。袖は平面で設計しますが、詳細はTJメカニズム 3…..袖1を参照してください。
袖が綺麗に収まるかどうか。これを左右するのは身頃の脇面です。これがしっかり作られていれば、袖付けは実に簡単な作業です。
難しいのは山の高さと袖幅をどう設定するかですが、これは経験則に頼るしか方法がありません。だいたいこんなもんだろうという予想を付け、ダメなら何度も付け直します。そしてこの段階での袖にはイセが含まれていません。イセ分が増加したとき、例えば山もいくらか高くなるわけですが、シルエットも含めて全体がどう変化するのか、完成予想図を頭に描きながらの、曖昧な作業になります。とは言っても、経験則とは慣れの問題ですから、何度かやれば誰でも身につくことです。
7. マーキング(印し付け)
マジックで付ける印は必要最小限にしなければなりません。理由は作業時間を少しでも短縮するためですが、必要最小限がどこなのか、まずはそれを理解しなければなりません。
ただし、必要最小限を意識し過ぎて、印を打つべき場所に打ち忘れたら最後です。ここまでの全ての作業が無駄になります。やり直しで作業時間は倍になってしまうわけですから、効率もほどほどに考えなくてはダメですね。
必要なポイントをすべて押さえたことを確認し、最後にピンを外して、ドレーピングの終了です。
8. スキャン
スキャナにはキャリアシートと呼ばれる原稿搬送用のフィルムが付属していて、これを使えばシーチングなどの薄い生地を直接スキャンすることができます。キャリアシートは搬送用ローラーに挟まれて機械の中を通過するわけですが、その際原稿がローラーに押され、正確なスキャンができない可能性があります。カットソー素材のような伸び物は特にその傾向が強く、僕の場合はたとえしっかりしたシーチングであっても、いったん紙に写し取り、その紙をスキャンすることにしています。したがってここに一仕事加わることになるため、印を付けるポイントは必要最小限でなければ困るわけです。