反復練習

2009/02/18

文字や言葉は人に何かを伝え、お互いが理解し共通認識を深めるために存在します。しかし僕は、パターンテクニックはその他の多くの技術同様、その本質を文字や言葉で完璧に伝えることは不可能だと考えています。なぜなら、技術やワザの本質は具体的に目に見える現象や物体ではなく、かといって思想とか時空といった抽象概念とも異なるからです。言葉や文字で伝えることの出来ない、最近の流行言葉でいえば「クオリア」とも言うべき特殊な感覚だからです。技術やワザの本質とは、本人しか感じ取ることのできない個人特有の感性なのです。「伝えられる」ものでも「教えられる」ものでも無く、感覚的に知る、つまり「感じ取る」ものなんです。赤ちゃんが知らぬうちに母の言葉を覚えるように、人は必ずそういった能力を身につけます。いったいどうやって技術やワザを身につけるのでしょうか。

例えばゴルフスイングを考えてください。雑誌や書籍はもちろんのこと、テレビでもDVDでもいろいろと「スイングの仕方」を教えています。教える人はたいていプロのコーチなどですが、その言葉使いや比喩、言い回しなどは実に様々で、その言葉を理解するだけで一苦労するものさえあるくらいです。

「ほうきで床を掃くように・・・」
「振り子のように・・・」
「野球でインコースの球を打つ要領で・・・」
「チャー・シュー・メンだよっ!」

などなど様々です。きっとあなたも一度や二度はレクチャーを受けたことがあると思いますが、結果はどうですか? 素晴らしいスイングは身につきましたか?
そうですか、実は私もダメでした。ゴルフや野球は特にそうですが、スポーツ系の技術を習得するために必要なのは「運動センス」であることは言うまでもありません。そしてこのセンスは、言葉や文字で表現できるものではないのです。したがって言葉の表現でこれを教えようとする行為自体がナンセンスと言わざるを得ないのですが、人のコミュニケーションは言葉が基本ですから、どうしても言葉で人を説得しようと試みるわけです。

それではプロの方々はどうやって素晴らしいスイングを身につけたのでしょうか。もちろん人並み以上の運動センスがあっての話でしょうが、答えは反復練習です。愚直にひたすら繰り返す、あの反復練習です。具体的には以下のような課程を踏みます。

まず達人のスイングを徹底的に見ます。時にはビデオで撮って何度も繰り返しそれを見ます。自分の頭の中にスイングの「型」を徹底的に焼き付けます。次にそれを真似て自分でスイングします。イメージどおりにスイング出来ていると実感できるまで、手の平に血豆を作りながらスイングを続けます。そして完成した自分のスイングをビデオに撮り、それを見て検証します。プロのスイングとは大きく違っている自分の姿を発見します。落ち込んで泣きわめいて、結局オレには才能が無いんだとばかりにクラブを叩き付けるでしょう。しかし上に登る人はここで諦めません。何をするか。そうです。もう一度最初からやり直すのです。これを反復練習といいます。

思えば人生のほとんどは反復練習でした。自転車乗りも水泳も学校の勉強も恋愛も、すべてが反復練習でした。しかし実はこれが、人間の脳の最も正しい使い方だったのです。

脳の仕組みは基本的にコンピュータと同じです。入力があり、演算があり、出力があります。脳の仕事は原則としてこの三つしかありません。わりと単純なんです。上の例でいけば、最初に達人のスイングを見ましたが、これが脳への「入力」です。次にそれを真似て自分で練習します。これが「出力」です。では「演算」とは何でしょうか。落ち込んで泣きわめいてクラブを叩き付けましたね。これが「演算」なんです。泣きわめきながら考えているのです。どこが違うんだろう。どうして同じスイングができないんだろうと。そしてまた振ってみます。自分で振るのは「出力」です。そうしてまた考えます。肘をもっと狭くたためばいいのかな・・・? 軸がぶれているのかな・・・? 一所懸命演算します。そしてまた出力します。もう一度プロのビデオを見てみます。入力ですね。また演算します。そして振ってみます。出力ですね。どうですか?人生はこの三つの反復練習でしょ。諦めずにこれを繰り返した人だけがタイガーウッズや遼君になり、松井秀喜やイチローになるのです。

話をパターンメーキングに戻しましょう。パターン技術を身につけるということは、ゴルフでいいスイングを身につけるのと同じです。文字や絵や言葉では解りません。話を聞いてるだけでは決して理解できないのです。「入力」「演算」「出力」をひたすら繰り返す以外に方法がありません。

パターンメーキングの教科書はいくらでもあります。しかし教科書や学校の授業は言葉や文字ですから、これで身につく内容には限界があります。僕のホームページでも同じです。写真や動画を駆使すれば文字や言葉よりは少しはマシになるかも知れませんが、とても全てを伝えることは不可能です。そしてその不可能な部分にこそ技術の真髄が隠されています。ワザとはそういうものなのです。桑田佳祐の歌ではありませんが「大学出たけどバカだから・・・」というのは、授業を聞くだけで育った今時の若者の典型ですね。話を聞くだけじゃ大切なものは何も身につかないということを歌っているのです。考えて自分でやってみて落ち込んで、もう一度最初からそれを繰り返す。これがワザを習得する一番の早道なんですよ。だから僕は学校は金と時間の無駄だと言うのです。中卒で師匠の門を叩き、そこで数年ワザを磨いてごらんなさい。同年の大学生が就職難で泣いている頃、あなたはいっぱしの技術者として自立しているかも知れません。

話をパターンメーキングに戻しましょう。まずは僕の仕事場に来て僕の仕事を見てください。そして真似てください。巧くできなかったら何度でもやり直してください。パタンナーの仕事とは来る日も来る日もトワル作りに追われることだと、僕は自著「iPM革命序説」のあとがきに書きました。あの本で読むべき箇所はここだけかも知れませんが、それほど反復練習は大事だという話です。