ダミーとモデル

2009/07/01

ドレーピングを主体とするパタンナーにとって、ダミーは何よりも重要な道具だと考える人が多いと思いますが、作業のほぼ100%をドレーピングで行う僕にとっても、ダミーは重要な道具のひとつです。 しかし確かに重要な道具ではあるのですが、それほど頼りにしてないというか、当てにしてないというか、あまり信頼してないのも事実です。

1978年以来、僕はイギリスKENNNETT & LINDSELL社製ダミーを使っていますが、これとて僕に言わせれば、ひいき目に見ても70点に届くかどうかという程度の満足度しかありません。したがって信頼度も同じようなもので、当時パリの街角で出会ったK+Lはあまりにも魅力的に映ったものでしたが、使えば使うほど、物足りなさが噴出する一方でした。もちろん今でもこれを使っていますが、お世辞にも愛用しているなどとは言えません。むしろ仕方がないから使っていると言った方が正しいでしょう。

そんなに不満なら使わなければいいのにと、みなさんはそうおっしゃるかも知れませんが、それができればこんな愚痴はこぼしません。STOCKMANもWOLFもキイヤも七彩も試してみましたが、どれも50点以下。とてもドレーピングに使えるシロモノとは思えませんでした。だから仕方なく、僕は今でも不満を言いながら、K+Lを使い続けているのです。これ以上いいダミーが無いから、仕方なくこれを使っています。

最近僕は女性を勉強しています。
やはりダミーは気に入るものがありません。多くの方が使っている9ARを使ってみましたが、なんだかババ臭くて魅力を感じません。山本耀司さんが七彩と開発したダミーはとても魅力的なフォルムをしていたのですが、肩幅などのデフォルメが行き過ぎてるように思いました。結局は安価な文化ボディーに落ち着くことになったのですが、これも上記のK+L同様、他よりマシだから使っているに過ぎません。これがベストだなどとは、これっぽっちも思ってないのです。種類も数も少ない男性用ならまだしも、多種多様のラインナップが揃っている女性もので、どうしてこうなってしまうのか、何故どれもこれも気に入らないダミーばかりなのか、信頼できないのか、ここを考えなければなりません。

実は最近、すこしばかり考え方が変わってきました。ボディーの欠点を羅列することによって、いいダミーが無いのではなく、好きなダミーが無いのではないか?・・・と思うようになりました。バストの位置や形、ウエストやヒップとの差寸、肩幅やクビの座り方など、言い出せばきりがないほどの不満はあります。しかし良く考えてみると、それは単に僕が気に入らないという話であって、ダミーの完成度がどうのこうのという話ではないように思えます。いいダミーが無いのではなく、僕の気に入ったダミーが無いのです。

今更僕が言うまでもありませんが、ダミーは体格調査のデータを元に作られます。多くの実在する人間の体格を測定し、その数値を標準化、または平均化されたものが既成のダミーだと思ってほぼ間違いありません。要するに全部を足して、人数で割ったものです。つまりダミーは、どこのメーカーのものも、男も女も、年代別にはなっていても、その年代毎の平均的な体格をしているということです。
ただしここで言う平均的とは、数値的に平均だという点に注意しなければなりません。体格調査の「体格」の意味は、人体を計測した数値です。したがって平均的体格とは単に数値の平均であって、形状、つまりカタチについてはまったく触れていません。カタチとは要するにそのダミーのフォルム、シルエットですが、僕たちに必要なのは、数値ではなく、カタチだと、僕は思うのです。
先日(とは言ってもかなり前ですが)テレビでコンピュータを使った日本人の平均的な顔というのをやっていました。要は計測したサンプルの全データを足して、全員で割ったものなのですが、これが何というか、つまらない顔をしていたのです。決して醜くもなく、かといって美男美女でもなく、これといった特徴のない、面白味のない、味気ない顔をしてました。僕はそれを見たとき、これはダミーと同じだと思いました。僕たちは特徴のない、味気ないダミーを使っているのだと思いました。

既製服を作る上で数値は重要です。バストやヒップを何センチに上げるべきか、パタンナーは常に頭を悩ませています。体格調査に基づき平均化された数値は、パターンメーキングに於いて大いに参考になります。これらの調査結果が無ければ、自分たちでこれを集めなければならないでしょう。その煩雑を考えれば、多少のお金は払っても、データを買ったほうが早くて確実だとは思います。しかしだからといって、その数値を全面的に信頼することはどうかと思います。

ダミー作製にあたって収集された体格調査のデータは、そもそもどこの誰のデータなのでしょうか。仮に元データが成人女子300万人とした場合、これは通常、日本全国のランダムな抽出によって選ばれたデータです。日本全国のあらゆる地域に住む、年齢20歳以上の女性のデータを、300万人分無作為に抜き出したものです。もちろんお年寄りも含まれるし、農業からOL、学生まで、職業も様々です。確かにこれによって日本人の平均を知ることができますが、果たして僕たちの求めているのはこれでしょうか。

僕はそんなデータを元に作られたダミーなど欲しくないのです。
僕が欲しいのは、都市部に住み、ファッションを愛し、健康的で豊かな生活を目指す、ポジティヴな人々です。これは差別とか何とか、そういった意識ではありません。そもそもファッションと呼ばれる既製服は、カッコイイ服を着たいと願う、ファッションに対して能動的な人々を対象としているはずです。洋服などに興味がなく、自己コントロールも満足にできないメタボ系の人々は、既製服の対象ではないとさえ、僕は考えています。したがって必要なデータはそれらの人々であり、必要なダミーはそれらのデータを元に作られるべきだと考えています。これは決して不可能なことではありません。いやむしろ、比較的簡単にそれらのデータは集められると思っています。あとはそれを平均化すればいいだけですから、やる気になれば、すぐにでもできることだと思います。

問題はカタチです。体型です。
都市部に住み、ファッションを愛し、健康的で豊かな生活を目指すポジティヴな人々の体格データを平均化するのは簡単ですが、問題は、どんなフォルムで、どんなシルエットで、ダミーを作るのかということです。僕が永年悩み続けている問題がここにあります。自分が素晴らしいと思う、美しいフォルムのダミーが存在しないのです。クビの座り方、肩先の厚み、背中の盛り上がり方、胸の形状、言い出せばきりがありません。既成のダミーは、どこのメーカーのものも、まったく合格点に達しないシロモノばかりなのです。それが僕の個人的な好みによる、極めて主観的なものであったとしても、ないものは無いと言わざるを得ないのです。数値のみを平均化した無味無臭のダミーで、カッコイイ服が作れるとは思えないのです。

そもそもファッションなんてものは、よそと違う、個性的なデザインを競演し合うところにマーケットに於ける存在価値があったはずです。最近のファストファッションやコピーメーカーと陰口をたたかれるメーカーはともかくとして、どこのブランドも独特な個性やテイストを武器に戦っているのではないでしょうか。その仕事の核心を担う我々パタンナーが、特徴のない味気ないダミーを使っているのだとしたら、これは大きな問題だと思います。そのブランドに合った、個性的なダミー、つまりそのブランドが一番カッコイイと思えるダミーを使わなければ意味がありません。
本来の考え方から言えば、それぞれのブランドが、ブランドに合った個性的なダミーを作って使うべきだと思うのですが、そのようなブランドはほとんど存在しません。サンヨー商会さんは、かつて僕の恩師である辻先生が技術部長を務めていらっしゃった老舗メーカーですが、昔からオリジナルダミーを作って服作りに携わっていました。今でも一部ではそれを使っていると思いますが、多くのブランドでは他社製のダミーを使っているそうです。なぜならば、時代の変化や人の交代と共に、カッコイイと思う価値観が変化するためだと思います。昨日良いと思ったことも、明日になれば悪くなるのが洋服屋の世界です。これこそうちのブランドに合った理想的なダミーだ、などというものが、そう簡単に作れるとも思えません。

日本でも一部のブランドではそうしていますが、欧米のメーカーは昔からフィッティングモデルを使っています。僕の友人はニューヨークのあるブランドでパタンナーをやっていますが、そこでも専属のモデルを雇っています。しかも驚いたことに、そのブランドが使っているダミーは、そのモデルの体型をコピーした特注だと話してました。これは上記のとおり、ブランドの個性や特徴という点を考えてみれば当然の話で、仕事を評価される側のパタンナーのプレッシャーは軽減されるでしょう。かつて僕もメンビギ時代、専属のフィッティングモデルを使って仕事をしていましたし、現在のTHE NORTH FACEでも、フィッティングモデルを使っています。しかしそのモデルに合わせたダミーまでは作りませんでした。膨大な資金がかかることもありましたが、それより大きな足枷は、時代と人の変遷によって好みが変わるという問題をクリアできなかったためです。それでも仕事の効率はかなり上がりました。着る人毎に違う評価を受け、着る人毎に違う修正を強いられるというような、間抜けな作業が無くなったからです。
ドレーピングだろうが平面だろうが、完成した服(サンプル)を評価するのはデザイナー(あるいはMD、経営者?)です。そして彼らがその服を評価するとき、ほとんどの場合、評価する本人が着用するのが普通です。ごく一部のブランドではダミーによる評価を行っているのを知っていますが、大多数のブランドはデザイナーが自分で着るか、周囲にいるスタッフに着せて評価します。しかしそのデザイナーやスタッフが理想的な体型をしていることは、滅多にありません。評価する本人に、君にそっくりのダミーを作ると言ったら、デザイナーもMDも嫌な顔をするかも知れませんが、パタンナーとしては、信頼できる、頼りにできるモデルが欲しいのです。常にそのモデルが着用し、その上で評価してもらいたいと、パタンナーなら誰もがそう思うはずです。

パタンナーにとってダミーは重要です。しかし既成のダミーはすべて特徴のない味気ないものです。ならば自分たちが理想とするダミーを独自に作ればいいのですが、その理想は時と共に変化します。今日作ったダミーが明日には使えなくなるかも知れません。だとしたら、残る方法はフィッティングモデルしかありません。時の流れと共に変化する人の心に合わせ、フィッティングモデルも変えてゆけばいいのです。その時代に合った、その時の気分に合ったモデルを使って、服を作ればいいのだと思います。ただし、モデルはひとりです。複数のモデルで複数の評価を出すべきではありません。そしてダミーは、ある程度の目安だと考え、全面的に信頼するものでは無い、というのが、僕のダミーに対する考えです。とは言え、カッコいいダミーが、欲しいものです。もしも僕が彫刻家なら、自分の気に入る理想的なダミーを作るだろうと思います。そしてすでに使わなくなった、かつての理想が、倉庫の片隅で寂しそうに積まれるのかも知れません。