パンツのメカニズム 3

パンツの構造は、2本の円錐状の筒が重なっているだけという、極めて単純なものでした。だからシルエットを作る線、つまり脇線と内股線は限りなく直線に近いカーブで構成されるべきだという話をしました。アイロンが使えないという条件の下では、それが生地に無理を強いない唯一の方法でした。また筒の円錐の程度、つまりテーパーの程度を表現することができるのは、原則として内股線しか無いということも、これまでの平面的常識からは考えにくい結論でした。さてこの内股線の操作で筒をテーパーさせたとき、それまで垂直に落ちていた地の目が螺旋状に回転します。これはストレートスローパーではほぼ平行の円柱でしかなかった筒を、テーパーさせた結果として現れる当然の現象です。そこで円錐の重心を貫くように、新たに地の目線を引き直すわけですが、この地の目が垂直になるようにパターン全体を回転させると、前後の中心線が傾むくことになります。これを僕たちはは「ネカシ」と呼びます。前後中心線の傾斜のことですが、一般的に垂直に近いものを「起きている」、水平に近いものを「寝ている」と表現しています。そしてその傾斜する程度を「ネカシ量」と呼んでいます。

平面で製図をなさる方は、誰もがこのネカシ量に悩ませられているのではないでしょうか。教科書などには具体的な数値が書いてあり、上に何センチ上げて、そこから水平に何センチ移動した点と結ぶ、などと教えています。つまり最初にネカシ量を決めてしまうわけですが、これまでの解説から、ネカシ量は結果として後から勝手についてくるものだということがお解りかと思うのですが、ここがパンツの核心部です。最も重要なポイントなのです。ネカシ量は決して決められるものではありません。シルエットを構築した結果として表れてくるものです。

そんなはずはない。そもそもネカシとは「腰入り量」なのだから、シルエットに関係なく最初に決められる問題だ。そう思われる方がいるかも知れません。腰入り量とはおへその裏側、背中ウエスト部のくびれのことで、お尻が突き出た体型の人ほど腰入り量が大きいとされますが、昔のパンツ教本には、特に後中心のネカシは腰入り量だと明記してありますし、一部の専門学校では未だにそう教えているようですから、僕の考えに異論を唱える方も多いのではないかと思います。しかしよく考えてください。もし腰のくびれがネカシであるなら、どうしてスカートにはネカシが無いのでしょう。スカートの前後中心線はどれも垂直です。腰のくびれは少なくともヒップラインより上方にあるわけですから、もしこれをネカシ量と言うなら、中心線のヒップラインから上は、スカートだって寝てなければおかしくなります。どうしてスカートは寝てないのでしょうか。どうしてパンツだけは寝る必要があるのでしょうか。ヒップラインから上を見た場合、スカートもパンツの同じなのではないでしょうか。この議論に答えを出す必要などありませんが、ドレーピングをやれば、答えは自ずと見えてくるのです。

1. ネカシのメカニズム

下の写真(上)はストレートスローパーを脇で開いたものです。黒は出来上がり線、赤は地の目線です。前後のネカシがどちらもほぼ地の目線に平行になっています。一方下の写真は先細テーパーのスローパーです。赤線は新たに引き直した地の目線ですが、前後ネカシ量と、股幅の開き具合の違いに注目してください。

ボディーにシーチングを貼っていけばすぐに解りますが、ネカシが問題になるヒップラインより上方の中心線は、どのようなシルエットを作ったところで問題なく自然に張り付いてくれます。出尻でも平尻でも関係ありません。ウエストのくびれとは無関係にシーチングは素直に納まるのです。ウエストのくびれはダーツをたたむことで簡単に処理され、ネカシ量などという問題とはまったく無関係であることが解ります。

もう少し正確に表現すると、ネカシ量は脚の開脚度によって決まると考えられます。左下の写真を見ればお解りのように、先細にテーパーしたパターンの股グリは大きく開き、ネカシ量が多くなっていますが、これはつまり脚が直立姿勢から開脚に向かっているということなのです。しかし今はその話は辞めましょう。混乱を避けるために別のページに譲ることにします。



2. ダーツの分散でネカシは変わる

さてもうひとつネカシを変化させる要因があります。それはダーツの分散です。これは特に後身頃で行われる操作で、前身頃でやることは原則としてありません。

ドレーピングでストレートスローパー、または先細スローパーを作っていくと、ウエスト部に相当の余りが出ます。もちろんウエストのくびれが原因ですが、これは先に書いたとおり、通常はダーツ(またはタック)によってたたまれます。下の写真左は通常の状態です。ウエストで約3cmのダーツを取る予定ですが、ここでダーツを分散させる理由はふたつあります。ひとつは何らかの理由でダーツが3cmも取れない場合です。そしてもうひとつは、屈伸時の運動量を後身頃に加えたい場合です。屈伸時の運動量については別のページで詳述するのでここでは言及しませんが、このふたつの理由がある場合、ダーツは後中心に分散させる必要があります。写真右は分散した様子ですが、ヒップラインの少し上で、後中心が浮いているのが解ると思います。こうすることでうしろのネカシは強く変化し、ウエストで取るべきダーツ量が減り、同時に屈伸運動量が増すわけです。

ドレーピングは物理的なメカニズムをいろいろ教えてくれますが、パンツで最も重要な「ネカシ」が、シルエットを作り込んだ結果として変わってくるのだという点をご理解いただけたでしょうか。したがって前述したとおり、ネカシを平面的数値的に、最初に決定することはできません。どんなシルエットを構築したのか。また地の目をどう設定したのか。ネカシはあくまでも、その結果として必然的に現れるものだとご理解ください。

下の写真はパンツの構造を表したものですが、胴体、ヒップラインから膝、膝下の、3個の筒のからできているとしましょう。白線がそれを示すラインですが、まずそれぞれの筒をどんなテーパーにするかで、基本的なシルエットが決まります。

次にその筒を身体にどうフィットさせるかという行程があります。写真A、Bはそれぞれ前と後から見たものですが、クロッチを中心として青線のように回転します。これは前述した開脚姿勢を表現します。
それに対し、写真Cは前後の振りを表しています。回転の中心は同じですが、方向が違います。前振りに作ったパンツは動きやすいですが、直立姿勢ではお尻の下に大きな余りシワが出ます。逆に後振りに作ったパンツはシワが少ない分、動きも悪くなります。

ご承知のとおり、ジーンズ(リーバイスやリーなどの昔からあるタイプを指す)はカウボーイが馬にまたがった姿勢を想定して作られています。つまり開脚がとても大きくなっているということですが、加えて強い前振りで作られています。だからとても動きやすいと言えるわけですが、その分、黙って立っている姿勢はシワだらけですね。

パンツの運動機能は、上記のとおり前後左右4方向の回転によって決まります。またその結果として前後のネカシが決まります。