iPMとはIllustrator Pattern Makingの略です。文字通りAdobe Illustratorをパターンメーキングに応用しようという発想で開発された支援ソフトです。作業行程のほとんどはAdobe Illustratorが持つ機能で対応しますが、描いた線分の長さを計測したり、ノッチを挿入したり、縫い代を作成したりと、パターンメーキング独自の機能は持っていないため、プラグインと呼ばれる形態で、これらの作業を支援するために開発されました。これらは「iPM」という名称でベビーユニバースという会社から発売されています。iPMを活用すれば、パターンメーキング作業は劇的にスピードアップするばかりではなく、整合性や正確性もアップし、極めて合理的なツールとして我々アパレル従事者を支援します。もしみなさんがコスパを重視するならiPMの全てを揃える必要はありません。ほとんどの作業はAdobe Illustratorが持つ既存機能で補うことが可能なため、最低限必要なSegment Tools(税抜¥30,000)さえあれば、驚くほどの低コストで専用CADを凌ぐパフォーマンスを享受できます。日本のアパレル業界では、東レクレアコンポがCADの代名詞と言えるほど普及していますが、iPMは一部の小規模ブランドやフリーランスで活躍している優れたパタンナーさん達のあいだで、細々とではありますが、強く支持され愛されています。僕が勤めるTHE NORTH FACEでは、商品のほぼ80%をiPMで作っているという事実を見ても、iPMに専用CADを超える能力があることがご理解いただけると思いますが、これほど大きなブランドがiPMをメインに使っているケースは、日本ではとても希です。パターンメーキングはもちろん、グレーディング、マーキング、縫製仕様書、デザイン画などなど、アパレル業務のほとんどに対応できるのですから、コスパで考えてもこれほど優れたCADは他にありません。

iPMが誕生したのは今から25年前の1995年です。それまで僕は紙と鉛筆でパターンを描いていましたが、Adobe Illustratorと出会ってからは、それまでは想像すらできなかった異次元的パターン人生を歩むこととなります。人は長い人生の中で何度か大きな分岐点、出会いを経験すると思いますが、僕にとってこれほど大きく衝撃的な出会いは、もちろんこの時が初めてで、その後65歳を過ぎた今に至るまで遭遇したことはありません。詳しい内容は拙著「iPM革命序説」に記してあります。機会があればお読みいただければと思います。

上述したとおりAdobe Illustratorはアパレル業界にとって非常に有用なソフトです。しかし日本では専門学校でも大学でもこれを本気で教えません。せいぜいPhotoshopを申し訳程度に教えるのみで、誰もがデジタルデバイスを操るこの時代に、イラレを使えないことほどもったいない話はないのです。なぜなら、イラレを使いこなすことで自身の能力、可能性を飛躍的に高めることができるからです。それはつまり、稼げる人材になるという意味です。多くのパタンナーのみなさんは東レクレアコンポを使いこなしていることでしょう。しかし東レクレアコンポは、パターンメーキング以外のどんな仕事に威力を発揮できますか? みなさんが普段の生活の中で無意識のうちに活用している紙と鉛筆を思い浮かべてください。紙と鉛筆は、幼児から大学教授まで使うことができるスーパーツールです。紙と鉛筆さえあれば、いつどこにいても、文字や絵であなたのイメージする全てを表現することが可能です。東レクレアコンポでそれができますか?

Adobe Illustratorはデジタルの紙と鉛筆です。芯が折れることも紙が破れることも、消しゴムのカスで汚れることもありません。しかも多くの設計エンジニアが愛用するほど正確性に優れています。僕は今から25年前にAdobe Illustratorと出会いました。その頃の僕が、パタンナーを辞めたくて辞めたくて仕方なかったと言ったら信じますか? でも本当の話です。パタンナーというあまりにも割の合わない職業から、一日も早く逃げ出したいと考えていました。今の僕からは考えられないことです。それほど嫌だったパタンナーを、どうして僕は今こんなに生き生きと続けていられるのでしょうか。それはAdobe Illustratorとの衝撃的な出会いがあったからです。もし僕がAdobe Illustratorに出会わなかったら、間違いなく今の僕は存在しません。パタンナーに疲れ、技術職に嫌悪を抱く、取り柄の無いダサ男に成り下がっていたに違いないのです。今の僕がもし優れたパタンナーだとしたら、育ててくれた恩人は、Adobe Illustratorです。