開発経緯


服にとって最も必要な機能とは何か

洋服にとって最も必要な機能とは何か?
この設問は僕にとって永遠の課題でした。パタンナーとしてすでに半世紀近い年月が過ぎていますが、僕は長い間この問いの答えを求めて悩んできました。そしてようやくひとつの結論にたどりつきました。その答えはカッコ良さです。

マイナス40度の極地に挑むための服も、ビジネスシーンで着用する服も、彼女とのデートで着る服も、すべての服が成すべき最大の目的は、着る本人をこれまで以上にカッコ良くバージョンアップさせることです。

洋服の機能性を考えるとき、多くの人は着心地や運動性能、サスティナビリティなどを語ります。もちろんそれらの機能も必要だし重要かもしれません。しかしどんなに優れた着心地や運動性能を持っていたとしても、もしその服がかっこ悪かったら、あなたはそれを買いますか? それを着ることによって、あなたの品格や美しさが損なわれてしまうとしたら、あなたはその服を買うでしょうか。

明治になって西欧文明を積極的に取り込んだ日本は、新しい洋服を、暑さや寒さから自分を守る生活必需品として捉えるのでは無く、新しい西欧ファッション、文化として受け入れました。大正時代に華を咲かせたモボ・モガに代表されるように、社会生活に不可欠なお洒落として、自分自身をアピールする新たな表現手段として、競うように洋服を着用しました。和装の歴史を見ても明らかですが、衣服はいつの時代も、着用する個人をカッコ良くバージョンアップさせるために存在していました。

服にとって最大の機能が着用者をバージョンアップであるなら、もちろん既製服もこの原則に則らなければなりません。既製服にとって最も必要な機能とは何か? その答えももちろんカッコ良さです。服を求めて店に来た客が、眼に止まった服を着て鏡の前に立ち、うーむ、なかなかイケてる、イイ感じでバージョンアップしてるぞ! そう思えばその服は合格です。客はいい服に出会えたと喜んで帰るでしょう。そして後日、友人でも奥さんでも誰かに褒められたとき、ほんとうに良い服だったんだと、その服の完成度と魅力に確信を持つとともに、そのブランドに対するロイヤリティーが生まれるはずです。まさに既製服の機能はここにあるのではないでしょうか。


誰に合わせて作るべきか

既製服は原則として、客を選ぶことができません。誰が着るかわからないのが、既製服最大の特徴です。ならば、既製服はいったい誰に合わせて作るべきでしょうか。

販売の対象となる消費者の体型体格を調査し、平均的あるいは標準的な体型体格を導きだし、それに合わせることが最も望ましいだろうと、これまで日本のファッションを支えてきた多くの先生方が、そういった考え方で既製服作りをはじめました。

一方当時の日本には、服は個人の体型体格に合うことが必要で、一点物のオーダーメイドこそが高級な服であり、既製服は「吊るし」と呼ばれるほどの低級品と捉えられていました。既製服の先生方は、この問題に真摯に取り組み、どうすれば日本人の体型体格に合う、高級な既製服が作れるかを探求しました。そしてダミーの開発がはじまりました。

その時代に誕生したすべてのダミーは、こうした思想に基づいて設計されたため、日本人の特徴を追求した、いかにも日本人らしい体型体格を備えたものでした。怒り肩、前肩、猫背、猪首。日本人の特徴を再現したダミーが、戦後の既製服業界の基準となり、このダミーに合わせた既製服の大量生産がはじまりました。

既製服にとって最も必要な機能とは何か? その答えがカッコ良さだとしたら、日本人の体型的特徴を表現したダミーに合わせて作られた服が、はたしてかっこいいでしょうか。戦時下で疲弊し、極端な栄養不足で育った日本人の体型体格を調査し、それを基に開発されたダミーで、ほんとうにかっこいい服が作れるのでしょうか。


Kennett & Lindsellとの出会い

1978年だったと思いますが、僕は菊池武夫先生のパリコレ・スタッフとして、パリのアトリエにしばらく勤務していました。パリの街を歩いているとき、あるストアのショーウインドウにたたずむダミーに眼が釘付けになりました。Kennett & Lindsellと印字されたメンズダミーでした。

僕はそのカッコ良さ、美しさに衝撃を受けました。そして同時に、服作りにとってとても大事な、決して外せない重要な要素に気づきました。そうか、ヨーロッパではこんなにかっこいい形のダミーを使っているのか! だからこんなにかっこいい服が作れるんだ! それに比べて日本のダミーはどうなんだ。どれもこれも、あのかっこ悪い日本人の形を再現している。そんなかっこ悪いダミーを使っていて、かっこいい服が作れるわけが無い! かっこいい服を作るためには、かっこいいダミーが必要なんだ。なんでもっと早くこのことに気づかなかったんだろう。日本の服がかっこ悪いのは、日本人に合わせて作っているからだ。どうしてもこのダミーを手に入れ、日本に持ち帰らなくてはならない。このかっこいいダミーで服を作れば、必ずかっこいい服ができるはずだ。

そう考えた僕はブランドの先輩方にお願いし、この美しいダミーの購入先を必死で探し出し日本に持ち帰りました。それ以来、僕が勤めるブランドはこのダミーを基準として服を作るようになり、1990年、ついにブランドは100億を突破する売上を達成するほどまでに成長しました。


既製服は誰に合わせて作るべきか

日本のマーケットで日本人を相手にビジネスをやるのだから、日本人の体型に合わせて作ることが合理的だと、今でもそう考える人が大勢います。しかしこの考え方は間違っています。なぜなら、服にとって最も重要な機能がカッコ良さである以上、かっこ悪い形に合わせて作ることが正しいとは言えません。既製服はカッコ良くなければならない。ならば既製服は、かっこいい体型に合わせて作るべきです。僕はこの考え方を信じてパリからKennett & Lindsellを持ち帰りました。それ以来40年以上、MEN’S BIGI、THE NORTH FACEというメジャーブランドを、この考え方で支えました。それが正しかったことは、売上が物語っています。

ファッションに答えなどありません。価値観も美意識も時代と共に移り変わってゆくものだからです。従って正しいダミーも存在しません。理想を込めて作り上げたダミーも、明日にはその価値を失うのがファッションです。ならばダミーに合わせること自体、無意味では無いのか。いえ、決してそうではありません。刹那で消えてしまうかも知れない儚い美しさを求めて、僕たちはかっこいいと思うダミーを開発し続けなければならないのです。それが既製服を作る人間の役割だと思います。


既製服専用ダミー

TAMAKI DUMMYはそんな想いから作られた既製服専用のダミーです。既製服のためにというコンセプトで作られたダミーは世界初だと自負しています。いったい何が、どこが、既製服専用なのか。一般のダミーとどこが違うのか。恐らくみなさんは疑問をお持ちだと思います。

もう30年ほどになると思いますが、山本耀司さんが「七彩」と共同で開発した美しい女性用ダミーがあります。僕はこのダミーを見たとき、心の底から美しいと感じました。そう、パリで初めてKennett & Lindsellを見た時の、あのときの興奮が彷彿されました。しかし残念ながら、このダミーは一流のファッションモデルをイメージして作られたものだったため、既製服として使うには、あまりにも肩幅が広すぎました。原則として、小さなものに足すことはできますが、大きいものから引くことは不可能です。広すぎる肩幅は削り取ることができないため、僕は耀司さんのダミーは使えないと判断しました。

既製服の世界は、いろいろな価値観や美意識から作られた様々なブランドの集合体です。それぞれのブランドには必ず個性があり、言わば業界は、個性と個性が火花を散らしてぶつかり合う熱い世界です。その個性に合わせるために、既成服用のダミーは、必ずカスタマイズ性が高くなければなりません。肩幅や肩傾斜はもちろんのこと、女性用ならばバスト、ウエスト、ヒップなども、その大きさ、高さ、形状と、ブランドによって様々なものが要求されてしかるべきです。既製服用のダミーである以上、こうしたブランドの要求に応えられるものでなければなりません。

先に記したとおり、例えば肩幅など、小さく作られていれば足すことは可能です。ウエストやヒップも小さく作られていれば盛ることは可能です。しかし大きく作られていた場合、削ることはほとんど不可能です。従って既製服作りを前提とするなら、ダミーの各部位は小さくなければなりません。そしてもちろん、カッコ良くなければなりません。かっこいい形状を持ちつつ、各部位が小さく作られ、ブランドの好みに応じ、また作りたいアイテムの完成予想図に応じ、ダミーはカスタマイズできる許容性を兼ね備えてなければなりません。

僕が女性用ダミーからバストを無くした理由がここにあります。女性は着用するアイテムによってブラジャーを変えます。つまりバストの形状や高さが変化するのです。作りたいアイテムとその完成予想図によって、ダミーのバストを自由に表現できることで、様々なアイテムに対応することが可能になります。TAMAKI DUMMYは既製服専用に開発された唯一のダミーです。是非お試しください。

ダミーのカスタマイズ性について詳しく解説したページがあります。こちらも併せてご覧ください。