既製服のためのダミー

2013/01/15

理想のダミーを求め続けて長い年月が流れました。そしてようやくひとつの区切りが付きました。僕にとって、少なくとも現時点では理想的と思える女性用ダミーが、2013年のスタートと同時に完成しました。大きな仕事がひとつ、終わったような気がします。みなさんに見ていただきたいと思っています。このダミーで、カッコイイ服を作っていただきたいと思っています。

理想のダミーを創るのにどうしてこれほどの時間がかかったのか、完成したダミーを見ながらしみじみ考えました。理由はは極めて単純です。既製服のためのダミーがどうあるべきか、その答えを出すことができなかったからです。いや、答えはすでに存在してました。誰が提唱したとかいうことではなく、誰もが暗黙のうちに常識と考える答えが、業界内にはすでに存在していました。しかし僕には、その答えが納得できませんでした。答えが間違っているから、カッコイイ既製服ができないのだと、思っていました。だったら正しい答えを導き出さなければなりません。それができなければ、僕の考えは単なる反駁に終わります。誰もが理路整然と理解できる、明確で解りやすい答えを導かねばなりません。そのために長い時間がかかりました。そして答えが出ました。後は、僕の仕事ではありません。キイヤの若き原型師が、その答えを、具体的なカタチに仕上げてくれました。かくして世界で初めての、既製服を専門に作るための、既成服用ダミーが完成しました。

僕の出した答えとは、既製服用ダミーに求められる条件です。既製服を作るためのダミーには、少なくともふたつの条件が備わっていなければならないと、僕は考えました。ひとつはカッコ良さです。そしてもうひとつは、カスタマイズ性です。今回はこのふたつの条件について解説します。

 

客観的カッコ良さとは何か


カッコイイとか美しいとかいう思いは、美意識や価値観によって変わってくる、個人的な概念だと考えられています。したがって僕がいくらこれはカッコイイんだと言い張っても、みなさんにはまったく不細工に見えるかも知れません。しかし同時に、誰が見てもカッコイイ、イケてる、美しいというものも、確かに存在しているとは思いませんか。

僕はこの女性用ダミーを開発するにあたって、具体的なミューズをイメージしました。それはフィギュアスケートの浅田真央選手です。2013年の今シーズン、悲しみとプレッシャーを乗り越え銀盤に戻ってきた彼女は、再び、女王として世界の注目を浴びています。

世界を代表するようなトップアスリートなら、誰もが磨き抜かれた肉体を持っています。しかし真央さんの体型は別格です。外国人でも滅多にない、圧倒的に美しい体型だと思うのですが、そう思っているのははたして僕だけでしょうか。例外もあるでしょうが、世界中の多くの人が同様に、彼女の体型を美しいと感じているのではないでしょうか。僕はこれこそ、客観的カッコ良さの典型的な例ではないかと考えます。

本来ならこのページで彼女の写真をいろいろご覧いただきたいのですが、肖像権だの何だの、つまらない問題があるためそれが叶いません。YouTubeなどで検索してみてください。



カッコイイ体型とは何か

小さな頭、長く真っ直ぐな四肢、必要最小限の筋肉と、浅田真央の超人的肉体美を説明するのに苦労はいりませんが、パタンナーの僕が見る彼女の特徴は以下のとおりです。

1.水平な骨盤
2.垂直な脊柱
3.平滑な背中
4.高い肩傾斜(怒り肩)

例えば「後姿」「正しい姿勢がカッコイイ!」で何度も申し上げているとおり、体型の良さは姿勢と大きな関係があります。物理的な意味での正しい姿勢が、カッコイイ体型を作るということです。姿勢とは要するに、脊柱(背骨)の立ち方の問題ですから、結果は自ずと背中、首、肩に出ます。下図は一般的に多く使われているダミーの姿勢を比較したものですが、一番右が新開発の「BSN-SP」です。背中のラインが、その他のダミーとはまるで違います。上記の特徴を具体的な体型として現すと、こうなるのです。真央さんはまさにこのようなカタチをしています。そしてこれは観察から解ったことですが、現代日本の若い(10代から20代前半)女性にとても多い体型でもあります。最近の子供達の手足が、私たちの世代と比較して異常に細長くなっていることは、みなさんすでに気付いていらっしゃると思いますが、背中、首、肩も、時代と共に進化していたのです。新しい時代のカッコイイ服作りが既製服の本懐ですから、いつまでも古いダミーを使っていてはダメなんです。





数値に囚われないカタチ

誰もが暗黙の内に了解している常識的答えが、すでに存在していると僕は言いましたが、それは上に並べたダミーを見れば明らかです。
「ダミーとモデル」の項目でも説明しているとおり、既存のダミーは、どれも標準的もしくは平均的なものでしかありませんでした。僕はそれらのダミーを、特徴のない味気ないダミーだと表現しましたが、それがすなわち、既製服に対する業界の答えでもあります。JIS規格をくだらないと言ったら怒られるかも知れませんが、洋服の着方が解らなかった明治大正ならともかく、21世紀の日本で、こんな基準を拠り所として作られたダミーではいけません。私たちが作るべき既製服は、数値ではありません。カタチです。それもカッコイイ形でなければならないのです。数値は単なる結果です。カッコ良いダミーを削り出す。完成したダミーを計ったら何センチだった。それだけのことです。



 

カスタマイズ性とは何か


下はBUNKAボディーをバラして改造しているムービーです。
自分の納得のいくカタチを作りたいという思いから、当時はこうした努力を重ねていました。

例えば肩幅の狭いシャツやカットソーを作ろうと思ったとき、みなさんの傍らにあるダミーの肩を、ノコギリを持ち出して削り取ることができますか?
例えば首にピッタリ沿った衿を作りたいとき、首を削って細くすることができますか?
例えば男っぽいテーラードジャケットを作りたいとき、おっぱいを削り取って、位置やカタチを修正することができますか?

ダミーをカスタマイズするというのはこういうことです。作りたい服のアイテムやその表情に応じて、ダミー各部位の形や寸法を変化させるということです。足りなければ付け足すことは可能です。しかし多すぎるものは削り取ることができません。ならばダミーの各部位は、できる限り小さくなければなりません。そして付け足すことで、自由なカスタマイズができなければなりません。




具体的なカスタマイズ━━━バスト

みなさんはバストの無い女性用ダミーを、ご覧になったことがあるでしょうか。
上記のとおり、バストが無ければ、自分の好みに応じて自由に作ることができます。だからあえて、僕は胸を削り落としました。そしてオプションパーツを用意しました。左の写真を見ればお解りのとおり、甘食のようなパッドを4サイズ用意しました。バストの高さ、乳下がり、乳頭間距離を自由に表現できます。

写真はモデルBSN-SPですが、このモデルの原型となったBSNは、小さめではありますが、バストがあります。あまり多くのアイテムを扱うことがないようなら、BSNのほうが使いやすいかも知れません。詳細はK+Lのページにあるムービーをご覧ください。





具体的なカスタマイズ━━━肩幅

今回開発したダミーBSNシリーズは、肩幅が34cmしかありません。一般的なダミーからすると、かなり狭い肩幅だと思います。すでにお解りのとおり、自在のカスタマイズを実現するためには、狭くなければならないのです。基本ボディーは最小限の狭さにとどめ、その代わりにオプションパーツを提案しました。左の写真はエクステンション・ショルダー(EXショルダー)です。
幅1cmと2cmふたつのパーツを用意しました。マグネット着脱で簡単に取り付けられるようになっていますが、最大38cm(工夫をすればもっと広くできます)の肩幅を再現できます。詳細はK+Lのページにあるムービーをご覧ください。





具体的なカスタマイズ━━━肩傾斜

肩傾斜を意識するパタンナーは少ないようですが、肩傾斜はTOPSを作る上で重要な要素です。僕は「肩傾斜」のページで運動機能という観点からこれを解説をしていますが、運動機能ばかりではなく、素材の特性やデザイン的見え方にも大きな影響を及ぼします。
BSNシリーズでは、肩傾斜の変化をより簡単に再現できるよう、4種類の肩パッドを用意しました。単独で使うも良し重ねるのも良し、様々な傾斜を表現できます。
詳細はK+Lのページをご覧ください





具体的なカスタマイズ━━━肩胛骨

バストが無いことと並んで、平滑な背中は、BSNシリーズのもうひとつの大きな特徴です。背中が平滑だというのは、背骨が垂直に近い状態で伸びているということですが、それは同時に、肩胛骨を背骨のある中心側に引き寄せます。つまり背幅が狭くなり、前幅(胸幅)が広くなります。そしてここが重要なのですが、肩胛骨の膨らみが押さえられ前肩がなくなります。つまりこれまでのダミーと比較して、アームホールの位置が後寄りになるということです。

BSNシリーズは、肩胛骨の膨らみを限界まで抑えました。理由は上記したとおりです。足りなければ付け足すことはできますが、多すぎると、削り取ることはできません。肩胛骨については特にオプションパーツを用意しませんでした。膨らみを増すことは、左写真のように簡単にできるからです。適当な素材をちょっと張り付けるだけで、肩胛骨の膨らみは自在にカスタマイズできます。ちょっと色っぽい、大人向けのテーラードを作るときなど、肩胛骨は適度に膨らんだ方が都合がいいのです。

肩胛骨についての詳細は「肩胛骨」のページをご覧ください。





具体的なカスタマイズ━━━胸幅、背幅

BSNシリーズでは、肩幅を容易にカスタマイズするためにEXショルダーという考え方を提案しました。世界に例の無い画期的なデザインだと自負しているのですが、想定外の副産物がありました。それが左のようなカスタマイズです。

写真をご覧ください。ダミー本体のアームホールとEXショルダーとの間に、段ボールの切れっ端を挟んでいます。厚さはせいぜい5ミリ程度までですが、半身で5ミリは結構大きな差となります。胸幅と背幅のバランスを、マグネットの効く範囲内で微妙に変化させることができます。

さらにこの工夫を応用すれば、肩幅を更に大きくすることが可能です。
2cm幅のEXショルダーを使えば、肩幅は38cmまで拡張することができますが、更に段ボール紙片を利用して、半身で5ミリは延長できます。

EXショルダーは石膏でできているため、落としたりすると割れる可能性があります。なのでこうしたカスタマイズは磁石の効く範囲でしかできません。しかし例えば強力な接着テープなどでEXショルダーを固定できれば、上記の段ボールをもっと厚くすることができます。最下段の写真は、テーピング用テープを使ってEXショルダーをしっかり固定し、肩幅を42cmまで延長したものです。EXショルダーを落として壊さないよう注意しながら、お試しいただければと思います。





具体的なカスタマイズ━━━アーム

BSNシリーズには、キイヤ製既成アームが取り付けられます。腕部分には綿が詰められたソフトタイプです。ダミー本体の肩部分に、シルクピンで止めて使用します。詳細はK+Lのアームをご覧ください。

既製服の本懐

メンズ、レディースを問わず、僕が作りたいのはカッコイイ服です。いやその願いを持っているのは僕ばかりではないはずです。ほとんどのみなさんが、カッコイイ服を作りたいと考えているはずです。

カッコイイ服を作るためには、カッコイイ体型のダミーが必要です。
カッコイイ体型とは、正しい姿勢に裏付けられた美しいシルエットです。
正しい姿勢のカッコ良いダミー。この単純で素朴な理想が、現実には存在しませんでした。あるのは、古い規格を拠り所に開発された、古い感覚の古いダミーばかりです。これらのダミーを使っていたのでは、感度の高い、若い世代の共感を得ることは難しいと考えています。
カッコイイ既製服を作るために。
BSNシリーズは、この要求に応えるために設計された、世界初のダミーです。

シニアのための服、というのがあります。もし誰かに、僕が着るべきはシニア用の服だと言われたら、きっと自殺するでしょう。例え対象がシニアであっても、作るべきは、正しい姿勢に裏付けられたカッコイイ服であるべきだと僕は思います。年代を超えて、それが既製服の本懐ではないでしょうか。