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外圧に屈する
2010/01/03


バブルが崩壊した90年代。服を取り巻く環境は大きな方向転換を余儀なくされました。 メーカーは大陸の安い人件費に群がり、日本の製造業の空洞化に拍車がかかりました。アパレル業界を襲った巨大津波は、それまでのルールや秩序をことごとく洗い流してしまいました。そして縫製工場の多くが廃業に追い込まれました。生き残りを賭けた縫製業者はワラをもすがる思いで奔走しましたが、コストという名の生存競争には勝てませんでした。

練馬で縫製工場を営んでいた僕の知り合いも同じでした。大波に巻き込まれ、すでに瀕死の状態でした。
そんなときあるメーカーの担当者から提案がありました。フラットシーマを設備して欲しい。それさえあれば、仕事はいくらでも出す。必ず生き残っていけると。
社長は導入を決断しました。仕事を確保するために、メーカーの言われるままに設備を整えました。しかし一年も経たないうちにその担当者は配置換えとなり、仕事はさっぱり来なくなりました。いくら機械を設備したところで、もはや日本の人件費水準は、後戻りできないところまで上昇しています。どうあがいても大陸のコストには勝てません。メーカーが生き残ってゆくためにも、日本の工場を犠牲にするしか方法がなかったのです。
後には膨大な借金が残りました。社長やその家族は自殺まで考えました。破産宣告という手段で社会的責任を逃れ、今は地方に身を寄せて細々と暮らしています。心労が災いしたのか、奥さんは引っ越してまもなくこの世を去りました。

外圧に屈するとはこのようなことを言うのだと思います。
もちろん様々な事情というのがあります。誰も好きこのんで屈するわけではありません。家族や従業員を守るために、やむない決断を迫られることはいくらでもあります。

フリーで仕事を受けている知り合いのパタンナーから、先日久しぶりに連絡がありました。東レのクレアコンポを導入したという話でした。東レを導入できるほど儲かってるなら結構だと笑いましたが、よくよく話を聞くと、取引先のメーカーに要望され、やむを得ず導入したのだと言ってました。
彼のパタンナーとしての腕は最上級です。いつもパタンナーは腕で勝負するものだと豪語していました。まともな服を作りたいと望むメーカーなら、どこでも彼の腕を買いたいに違いありません。その彼が、いまどきデータでのやりとりができないようでは仕事は取れないという、メーカー担当者の言葉を鵜呑みにするとは思えませんでしたが、彼は焦っていたに違いありません。そんな外圧に屈するとは意外でした。僕は心労で亡くなった縫製工場の奥さんを思い出しました。

iPMの説明を聞くために、僕の所へは多くのパタンナーさんたちが訪れます。ほとんどの方が、いまどき手作業をしていたのでは時代遅れになるという強迫観念を持っています。取引先からもデータ納品を要望されるし、もういい加減に、デジタルに切り換えなければならないのではないかと。

仕事を合理化するためにデジタルを使う。方法論として間違っているとは思いません。15年前の僕もそうでしたし、今ではコンピュータ無しでの仕事など考えられません。いつでも停電やハードディスククラッシュの恐怖と戦いながら、かつて人間が出会ったことのない、新しい道具のパワーに圧倒されています。
確かにコンピュータは、その品質を落とすことなく、最短時間で目的を達成できる道具だと思っています。しかしそのための投資は決して安いものではありません。ただの紙と鉛筆に過ぎないコンピュータのくせに、それを導入するには莫大な経費がかかります。いくらiPMが安いといっても、紙と鉛筆に比べたらベンツとカローラほどの差があります。ましてや東レなら。考えただけでもゾッとします。
口から絵型を放り込むとお尻からパターンが出てくるような、そんな機械があればいいのにと、かつて僕の友人のパタンナーが言ってましたが、どんなにお金を出したところで、そんなマシンは世の中にはありません。少なくともパターンメーキングに関しては、コンピュータはどこまで行っても紙と鉛筆に過ぎません。そんなものに莫大な投資を、何故しなければならないのか。まずはそこをよく考えるべきだと、僕は訪れたみなさんにお話ししています。

パタンナーの評価はパターンの腕だけではありません。ましてや使う道具で評価されるなんてことはあり得ません。外部の我が儘で身勝手な要望を安易に受け入れ、自殺寸前まで追い込まれたケースは上記ばかりではないのです。自分のスタンスをしっかり見つめ、何が一番大切なのかを考えるべきではないでしょうか。
 

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