title
HOME I WEBレクチャー I 玉置の考え I 経歴


なぜトワルが必要か

2009/05/10


パターンとは何かをご覧いただければトワルの必要性はご理解いただけると思います。しかしもうひとつ、トワルには重要な役割があります。ここではそんな話をします。

まず誤解の無いように言っておきますが、僕は平面を否定しているのではありません。僕自身も平面でパターンを操作するし、平面の合理性も理解しているつもりです。ただ僕が言いたいのは、正しい平面をやるためには、パターンメーキングの技術がしっかり身に付いていなければならないということなのです。平面製図がパターンメーキングである。そう思っている方々にとって、上の説明は、ちょっと混乱する、理解しがたい言い回しかも知れません。しかしここを理解していただかないことには玉置の仕事場そのものが成立しなくなる恐れもあるので、ここはひとつじっくりお話ししたいと思います。

たとえばゴルフのスイングを考えてください。トッププロの真似をしてただひたすら力任せにクラブを振ったところで、よほどの天才でもない限り、何年経ってもいいスイングなんて身に付きません。それはなぜでしょうか。そこに大きな勘違いと思いこみがあるからです。自分はプロと同じスイングができていると、勝手に思いこんでるからです。しかしもし自分のスイングを客観的に見ることができれば、いかにお粗末なスイングをしているかは一目瞭然です。ここがとても大事なことです。つまり自分を客観的に見るということです。できていない自分を、しっかり見るということです。一流のスイングを身につけるためには、何よりもまず第一に、自分のスイングを客観的に見る必要があります。そのためにはみなさんどうしますか。おそらくビデオで自分のスイングを撮影するのではないですか?
こうではないかという仮説を立ててスイングしてみます。自分のスイングをビデオで撮って検証します。検証した内容を論理的に分析し、分析した結論を検証するべく再びスイングします。それをまたビデオで撮って検証します。検証した内容を分析し、分析した結論を検証するべく再びスイングします。来る日も来る日もこれを繰り返す以外に方法はないのではないでしょうか。自分自身を疑い、客観的に見て、あるのかないのか解らない答えを求めてこの作業を繰り返す以外に、上達の道などあり得ないのです。だからこそトッププロといえども、いやトッププロであるがために、日々の反復練習を怠らないのです。

これをパターンメーキングに置き換えるとどうなるでしょうか。
こうではないかという仮説を立ててドレーピングをします。ドレーピングが本当に巧くできているのかどうか、自分の仮説が正しいのかどうか、勘違いや思いこみがないのかどうかを検証しなければなりません。スイングならビデオを撮りますが、その代わりになるのがトワルです。トワルを見ることがビデオを見ることなのです。トワルは制作意図が完璧に反映されるよう、つまり立てた仮説が正確に表現できるよう、自分自身で、パターンどおり、正確に裁断し正確に縫製します。このトワルを検証し、問題箇所を分解しながら立体補正をするわけですが、パターンとは何かで説明したとおり、平面製図ーーファーストサンプルという行程だけではビデオに該当する部分が存在しないのです。これではできない自分を見ることができないということになり、勘違いや思いこみを自覚せず、ひたすら力任せにクラブを振るのと同じことになってしまいます。

物事の技術やワザを身に付けるという意味は、前にも言ったとおり身体で覚えるということです。そのための方法は反復練習以外にあり得ません。 一日3分間で痩せられるインチキダイエットではないのです。来る日も来る日も同じ作業を繰り返す以外に上達の道はありません。なぜなら、それが人間のメカニズムだからです。

仮説を立てトワルを組むこと。これはコンピュータで言えば「出力」に相当します。ビデオを見る作業は「入力」で、検証作業が「演算」です。人間(動物もそうですが)が技術を習得するメカニズムは、この三つの行程を反復することで成立します。生まれてきた赤ちゃんはお母さんの言葉を聞いて(入力)自分でそれを真似してみます(出力)。真似た言葉を自分の耳で聞いて(入力)、お母さんの言葉とは違っていることに気付きます(演算)。自分なりに修正して再び言葉を発します(出力)。それを自分で聞いて更に間違いを修正します(演算)。再び言葉を発し(出力)、自分自身でそれを聞きます(入力)。こうした長い繰り返しの中で言葉を覚えていくのです。一流のパタンナーになるために近道はありません。来る日も来る日もトワルを組み続けた先に、ひょっとしたら見えてくるものなのかも知れません。

さてここでひとつ注意が必要です。
トワルは1回組めば済むと考えないでください。ひとつのデザインを起こすために、半身も両身も含めて 、時には十何着のトワルを組んだこともあります。上記した反復練習がこれに当たるわけですが、要するに一発ではなかなか完成度が上がらないということです。もちろんそれは腕の善し悪しに関わる問題ですから、優れたパタンナーなら一発で完璧なトワルを作るかも知れません。しかし僕のような発展途上のパタンナーは、いつもそう巧くいくとは限りません。 何度も何度も組み直しをすることのほうが普通です。上記したトワルフィッティングという作業は、デザイナーやMDを交え、モデルに着用させて行われるわけですが、実はこれは、最後の完成されたトワルだと考えてください。 したがってそれに至る行程の中で、最低限パタンナーとしての自分が納得するまで、僕は何度もトワルを組み直しているのです。もちろん僕が納得したからといって、デザイナーやMDが納得するとは限りません。ならば中間段階のトワルなんて時間の無駄ではないかと考えることもできるでしょう。その考えを僕は否定しません。しかし僕に言わせれば、それは単なる手抜きに過ぎないのです。なぜなら、パタンナーはデザイナーやMDに対する説得責任があるからです。どうして彼らの思いどおりにできないのかを、論理的に説明して納得してもらわなければなりません。そしてもしそれを強行すると、どんな弊害が出るのかという説明も同時にしなければなりません。自分が納得するということは、言わば極限を見定めることであり、パタンナーが服の完成度に対して責任があるとする立場から、そして必然性のある説得力のある服を作るために、パタンナーには彼らを育てる役割もあるのだと、僕は考えているからです。したがってトワルを組むことも放棄し、彼らの言いなりに動くだけのパタンナーでは、一流への道はとうてい開けないでしょう。
 

img  
  このページのトップへ  
Copyright Koichi Tamaki