TJ(テーラードジャケット)に限らず、まずは後身頃から始めるというのがパターン作りに於ける一般的なアプローチです。前身頃から始めたっていっこうに構わないと思うのですが、なぜか誰もが後から作りますね。しかもそれが平面でも立体でも同じだというあたりが不思議でなりません。僕はこうしたつまらない事に疑問を抱く質なのですが、よくよく考えてみると、物事には、どうしてそうなったのかということについての、それなりの理由があります。つまり必然性です。何の理由も無しに物事は構築されないということだと思うのですが、必然性こそが、僕が常に言うところのメカニズムに相当します。

「玉置の考え / 後姿」というページがあります。服の後姿の重要性について書かれたページですが、後姿に意識を置くということは、服作りに対する心構えとして最も重要なポイントのひとつです。つまり服にとって後姿は大事だよという意味なのですが、大事だからこそ、服作りに於いてはその部分からアプローチするという流れは容易に理解できます。そうなんです。服の美しさを決める最大のポイントは後姿なんです。もちろん服を着る人間の姿勢が重要であることは言うまでもありませんが、後身頃の入り方が、服全体の入り方を左右するという意味で、後身頃がその服のモノサシになります。したがって後身頃をいかに作るかによって、服全体の完成度が左右されることになるのです。

その理屈が最も顕著に現れるのがテーラードジャケットです。
以下の写真は「玉置の考え / 背広の語源」にも掲載されているものですが、テーラードジャケットの中で、どうしても外せない肝をひとつ挙げろと言われたら、僕は間違いなく背中心地の目を通し方を言います。背広の背中心地の目は、どうしてもこうでなければなりません。僕は古い人間のわりに固定概念を嫌う質なのですが、この件についてはどうしても譲れないという思いがあります。





1. 背中心地の目とシルエットのメカニズム

世の中の背広をよく観察してください。ほとんどが左の3種類に属するはずです。マルバツで示しているとおり、僕は1番以外をダメだと否定しています。2番や3番もよく見かける後姿なのですが、どうしてこれがいけないのか。僕が否定する理由は何か。

学校でそう教わった。先輩にそう教わった。だからこれが正しいと思っていた。物事の仕組みを解らない人の多くはこう言います。
そんなことでは稼げるパタンナーにはなれません。どうしてそうなのか。なぜそうなるのか。そこにある必然性、メカニズムをしっかり理解する必要があります。





さて上図をパターンで見ると下図のようになります。
僕がこうでなければならないという1番のパターンは、裾からウエストまでの背中心とネックポイントの背中心とが平行になっています。開き分量はどうあれ、平行であるということは交わらないということですから、冒頭の写真のような地の目として表現されます。

一方2番のパターンは裾とネックで地の目が平行になっていません。地の目は背中の最もカーブがきつくなるあたりでいったん収束し、そこからネックポイントに向かって開いていきます。したがって地の目が背中の途中で交わることになり、上図2、3番のような見え方になってしまいます。もちろん見え方の問題だけではありません。もう少し詳しくメカニズムを探ってみます。





下の写真は実際にドレーピングを行ったものです。まずは写真Aの矢印aを見てください。
背中心ネックポイントから落ちた地の目は、ウエスト(赤X)に向かって矢印aのように流れます。黒矢印cが示すとおり、この流れの傾きが大きいほどネックと裾の地の目の離れ分量(上図B)が大きくなります。ここにひとつのポイントがあります。

離れ分量が大きくなるというのは、平面作図的な言い方をすると「振込量」が多くなるという意味ですが、この操作によって、肩胛骨の膨らみで生じる肩のイセ分Fが背中心に分散されるのです。多く振り込めば振り込むほど、ネックからウエストにかけての背中心に浮きが出ます。これが分散された肩のイセの一部になるわけですが、それによって、肩のイセ分が少なく(場合によってはゼロに)なります。これは縫製を考える上でとても大きなメリットになりませんか。肩をイセなくて済むのであればテーラードはかなり簡単になってきます。それがいいか悪いかは別問題として、振込量と肩のイセには深い関係があるということを理解していただきたいのです。肩のイセは肩胛骨の膨らみによって生じることは言うまでもありませんが、詳しい解説は別なところ(肩胛骨のメカニズムを参照してください)でしてあるのでここでは避けます。さらにメカニズムを探求します。

背中心ネックポイントから落ちた地の目は赤Xに向かって矢印aのように流れました。しかし流れっぱなしじゃありません。赤Xからは矢印bのように、逆方向に戻す必要があります。そのために地の目は裾とネックで平行になるわけですが、ここにもうひとつの大きなポイントがあります。戻すことで脇のウエストに縦方向の余りが生じるのです。この縦の余りが重要です。

ウエストに於ける縦の余りは、身頃の基本的なシルエットをコントロールします。具体的に言うと、ウエストのクビレを大きく(絞る)したければしたいほど、縦の余りを多く必要とします。逆にクビレを少なくしたければ、縦方向の余りを多くしてはなりません。上に見てきたとおり縦の余りは背中心の振込加減によって生じることが解りましたね。つまり身頃全体のシルエットを支配しているのは背中心地の目だということです。


さて後中心地の目にはもうひとつとても重要なメカニズムがあります。
上の写真Aをもう一度見てください。このトワルを見る限り、完成するパターンは3パネだとは思いませんか。なぜなら少なくとも後身頃は、ちょうど3パネに相当するあたりに縦のドレープが出ています。ここを切替線とすれば、これは間違いなく3パネのパターンですね。4パネ、もしくはプリンセスラインを取るなら、この位置に縦のドレープが出てはまずいはずです。もっと背中心寄りにドレープが出るべきです。
平面製図しかやらない人はこのあたりのメカニズムがまったく頭に入っていません。3パネだろうが4パネだろうが、切替線は自由に作れると思っているようですが、それは大きな勘違いです。
パネルライン、つまり切替線は、勝手に決められる要素ではないのです。衿と衿グリ、袖とアームホールの関係と同じように、ふたつ以上の要素が複雑に絡み合って関係しています。この場合はもちろん後中心地の目です。パネルラインを支配するのは後中心地の目です。こういったメカニズムや関係性は平面だけを見ていたのでは決して解りません。来る日も来る日もひたすらトワルを組み続けるという、ドレーピングによって初めて体得できる技なのです。

2. パネルラインは背中心地の目が決める

下の写真をご覧ください。同じ条件のまま、背中心の振込量だけを変化させた様子です。
ピンの打ってあるウエスト位置でAは1cm、Bは1.5cmと、Dまで0.5cm刻みで振込量を増やしていきました。するとどうでしょう。振込量に比例して、縦ドレープ位置と背中心との距離が大きくなります。つまりだんだん脇に寄っていくわけです。これは面白いメカニズムだとは思いませんか。
縦ドレープの位置が切替線の位置であることは言うまでもありませんが、Aでは背中心に寄りすぎてプリンセスラインさえも無理ですね。Bはどうでしょう。プリンセスラインの位置としては適当かも知れません。Cは3パネ、4パネどちらとも言えない微妙な位置です。Dに至っては完全に3パネ用、細腹を切る位置です。





このように背中心地の目は洋服全体に影響を及ぼす重要な要素です。背中を広く大きく見せるという背広本来の見え方もさることながら、全体のシルエットの多くが後身頃に支配されているというメカニズムをご理解いただけたでしょうか。

ひとつだけ注意点を申し上げておきます。
あちこちで申し上げているとおり、僕のモットーは、パターンメーキング技術だけでどこまで本物に迫れるかにあります。パターンメーキング技術だけでとはアイロンテクニックを使わずに、という意味ですが、テーラードジャケットも同様に考えています。逆な言い方をすれば、ここまでしっかりパターンを作っておけば、あとはちょっとしたアイロンで済んでしまうということです。工場側にできもしない難しい技術を求めても埒が開きません。パターンさえしっかりしていれば、縫製もプレスもたいした技術は必要ないというのが僕の考え方です。したがってここで解説しているジャケットも、肩にイセを入れないというのがひとつの特徴です。もし肩にイセを入れるという前提であれば、上記の結果は自ずと変わってくるに決まってます。その要素を加えて考えると、平面製図で答えを求めることがいかに難しいかがよく解ります。その点ドレーピングなら簡単です。背中を振込む前に、先に肩を必要な分だけイセておくのです。それ以降の手順は上に見たとおりです。

さて今回の講義は以上ですが、ここでひとつ質問です。
肩を先にイセた場合、振込量とパネルラインの位置はどうなるでしょうか。実際にやってみれば明らかですが、答えは皆さんでお考えください。