ピー・コートを作る上で、最も注意しなければならない点は衿だと思います。ラペルと上衿の大きさ、キザミの深さ、衿止まりの位置など、衿周りのバランスをいかにカッコ良く作るかがポイントだと、僕は考えています。もちろん他にも重要なポイントはあります。肩幅や袖山の高さなども重要ですし、着丈と身幅のバランスも大事ですね。

今回はそのあたりに重点を置いて、女性用ピー・コートを作りたいと思います。しかしただ作るだけでは面白くないので、課題を付加しましょう。条件は「胸グセ処理をしない、男の子っぽいコート」です。とは言っても女性用ですから、それなりの色っぽさが必要です。それをどう表現するかはそれぞれの好みや価値観によって変わるでしょうが、僕は身頃のシルエットと袖でそれを表現したいと思っているので、身頃は最低限の切替が許される3パネ構造とし、袖は一枚でもいいのですが、やはり若干の表情を付けるべきだと思うので、これは2枚でいくことにしましょう。

なぜ胸グセ処理をしないかと言うと、例えばそれをアームホールや脇に逃がすダーツでやった場合も、プリンセス・ラインで肩に逃がした場合も、それが女性用の特徴となってしまうのが嫌だからです。そもそもピー・コートは男性用のアイテムなので、男の子っぽさが表現されなければカッコ良くありません。切替やダーツで女性っぽくなってしまうのを避けることが一番の目的です。

こういった課題や条件は、実践業務の中で常に要求される問題ですが、多くのパタンナーは、女性用なのだから胸グセ処理が必要だと頭ごなしに信じ込み、胸グセを取ったパターンを作ろうとしがちです。TEEシャツにまで胸グセを取ってある服を見ましたが、これはやはりいただけません。クセを取らない、クセが取れない場合のパターンメーキングも、勉強する必要があると思います。コートなど、身体の最も外側に着用するアイテムは、みなさんが考えるほど着用者の体型を反映しません。それはもちろん、中にいろいろと重ね着をするからですが、胸グセなど無しでやったほうがカッコ良かったりするものです。

さて具体的な作業の前に、作成手順と注意点の説明をします。 胸グセが取れないレディースをやる場合、これまで僕はメンズダミー改造して使っていました。しかしやはり限界があります。メンズダミーではレディースの微妙な美しさを表現できないし、例えばネックサイズが大きすぎるなど、各部位の寸法バランスがレディースのそれとは異なっているため、後から平面的に加工修正するにしても、どうしても不自然なものになりがちでした。この問題を解決するために、僕は新しい女性用ダミーが必要だと思っていました。そして発表したのがBSN-SPという、胸の無い女性用ダミーでした。世界のどこにもない、言わば非常識なダミーですが、今回のような服を立体で作るためには、どうしてもこのダミーが必要になります。

作業工程の第一歩は、肩傾斜から考えます。この服はどのくらいの肩傾斜で作るべきかを考えるわけですが、同時に肩幅、袖山の高さなど、メカニズム的に関連する部位も考えなければなりません。ちなみにサンプル(両身トワル)は着用させるモデルに合わせ、Mサイズ(7号くらい?)にする予定です。可愛らしさを出すために小さめの肩幅(恐らく仕上がりで38cmくらい)でやります。また袖山は7~8cmになるだろうと予想します。素材はメルトンなどの厚手を使うでしょうし、ある程度は運動機能を備えた方が「らしい」ので、恐らく肩傾斜は15~16度くらいが適当だろうと予測します。これはあくまでも予測であって、これでいいかどうかは、トワルやサンプルでチェックしなければわかりませんが、とにかくドレーピングを始める前に、ダミーの肩傾斜を15~16度くらいにセットする必要があります。

胸の無いBSN-SPは、バスト寸法が75cmほどしかありません。モデルのバストは82cmくらいです。したがってダミーで作った原型は、トワル作成に際して拡大しなければなりません。それを前提としたドレーピングをするというのが、今回のパターンメーキングのひとつの特徴となります。バスト同様すべての部位が、約9パーセント大きくなるのだという前提を、意識して作業する必要があります。身頃は基本的に、ウエストをあまり絞らないボックス・シルエットでいいと思います。しかしウエストとヒップの差寸が大きいという女性体型の特徴を再現し、ある程度色気のあるシルエットを出したいので、上記したとおり3パネでやります。肩及び背中身頃のクセは取りません。肩胛骨のクセは、少しだけ背中心線に逃がす操作をします。袖は2枚でやります。素材が厚手になるためイセを少々入れます。気持ちだけ肘で曲げますが「ねじれ」は付けません。

最も重要なポイントである衿ですが、一般的なピー・コートで用いられているバルカラーでやります。衿腰は三日月で切替ますが、切替止まりをできるだけ前方に持って行き、全体として甘い衿を作ろうと思います。衿腰はダミーの「ノボリ」に沿うよう、カマ衿状態になります。そして羽根衿は、立てたときに頬から後頭部をしっかり覆えるような分量を確保しなければなりません。また第1釦を止めた状態でもかわいく着られるよう、前下がりの位置とネック寸法を考慮しながら組む必要があります。

それでは具体的な作業に入りましょう。ページが長いため3パートに分けました。

1. 肩傾斜を設定する

上記したとおり、まずはダミーの肩傾斜を15~16度くらいに設定します。専用の肩パッドを使いますが、この角度なら15ミリを使えばいいでしょう。通常原寸大で作業する場合、例えば今回のようなアウターを作るのであれば、ダミーにはシャツなどのミドラーを必ず着せてからドレーピングを始めます。しかし今回は作った原型を平面で拡大し、そのパターンで両身トワルを作るため、生のままのダミーが、すでにミドラーを着用している状態だとと考えて作業を進めます。ダミーはあくまでも服を作るための道具なので、目的に応じて、前提と体型を変化させなければなりませんが、何よりも、作り手である我々の固い頭を、柔らかくすることから始める必要がありますね。



2. 袖を作る

材料となる袖と衿を先に作りますが、まずは平面で袖を作りましょう。基本的な袖の作り方はアームホールと袖の基本1を参照してください。今回の設定は以下のとおりです。アームホール長13.5cmプラス、肩傾斜厚み1.5cm = 15cm、袖幅17cm(袖ワタリの1/2)

アームホールと袖の基本1にあるとおり、袖で肝心なのは山の高さではなく、アームホール楕円の長径です。これを僕はアームホール長と呼んでいますが、ようするに「カマブカ」のことです。まずは叩き台となる袖を作り、紙袖で立体補正を行います。紙袖を作り左図のように袖口から覗くと、そこにアームホールの形状が見えます。右はその写真ですが、谷底(脇下)の形状がやや不満です。白矢印部分を若干(2、3ミリ)削って、脇のカマ幅を出したい感じですね。袖山カーブを修正します。このように袖山カーブは、先日のワークショップでも実演したとおり、理想的な形が求められるまで、何度でも引き直し、確認しなければなりません。紙袖を作りアームホール形状を確認します。これでほぼいい感じです。紙袖を実際に付けてみると、ちょっとカマが浅いという印象を持ちました。アームホール長を若干(2cm弱)長くしたい感じです。更に袖山ももう少し高くした方がいい感じです。下図のとおり袖を修正しました。

三平方の定理を使って袖山ラインを算出します。この場合、決まっているのは三角形の斜辺A(20cm)と、山の高さB(10cm)なので、図の公式から、袖幅Cは17.32cmとなります。



3. 衿作り 1

平面製図が得意な方は、袖同様、衿も平面から作って問題ありません。しかしここはあえて立体からのアプローチでやってみましょう。衿はとても重要なデザインポイントになります。その表情作りがキモになります。見た目のカッコ良さを立体(目)で確認しながらやったほうが合理的です。

衿は例によって不織布を使います。下図のとおり、高さ4cmの長方形からはじめます。まずは不織布を首に巻き付け、第1釦を締めた状態を再現します。この段階では、まだクリースラインは直線です。なおかつ前下がり位置をなるべく高く設定したいので、不織布の上端は首には沿いません。かなりの浮きが見られます。この浮きがポイントなのですが、後から浮きがなくなるような操作をマニュプレでやります。つまり返り線を短くしていくわけですが、この操作によって、クリースラインは曲線になります。どの程度短くするかはデザインですが、ここでは完全に首に沿うまで短くします。冒頭に書いたとおり、両身トワルを作るに当たり、パターンは後から6~7パーセント大きくなるということを忘れないでください。ネックも同じ比率で大きくなります。

首に沿うようクリースラインを曲線にしますが、ハサミを入れる際に、突き抜けて切り落とさないよう注意してください。またクリースラインを短くした後、衿を無理なく自然に落ち着くよう付け直してください。いい感じで衿が決まったら、最後に衿グリ線(衿付け線)をマジックで描き入れます。取り外した衿をトレースします。敷いている紙は裏側にカーボン紙が貼ってあります。ルレットや目打ちで印を付けるための、チャコペーパーの代わりです。カーブは適当にフリーハンドで描きます。重要なのは、均一で美しいカーブにすることです。またカットするときも、ハサミではなくロールカッターを使います。その方が滑らかなカーブになるからです。できあがった衿をダミーに取り付け、完成度を確認します。もしイメージどおりに仕上がっていない場合は、最初からやり直しです。納得のいくまで何度でも繰り返すべきです。うまくできたら、これを元に羽根衿部分のドレーピングに入ります。



4. 衿作り 2

左のムービーは羽根衿部分を作っている様子です。これは僕が普段やっている方法のひとつですが、経験則から導いた方法で、決して根拠があるわけではありません。衿腰のクリースライン・カーブを目安に、当然これより甘くなるであろう羽根衿を、当てずっぽうで描いています。背中心の長さを6.5cmに設定しましたが、剣先の長さ、中間部の太さによって甘さは変化するので、まずは当てずっぽうで構わないので、叩き台となる衿を作ります。それを少しずつ、立体補正を施しながら、まともな衿になるよう作り込んでいきます。ポイントは最初の段階で切り込み過ぎないことです。自分が予想するカーブより、やや余裕を持ってカットし、立体補正で不足しないよう注意します。

羽根衿を衿腰に取り付けます。やはり甘過ぎですね。しかしこれでいいのです。上記したとおり、予想しているより甘目にカットします。辛くカットしてしまうと、もし足りなかったときに最初からやり直さなければならないからです。少しずつカーブを辛くしていき、ちょうど良い具合を探します。まるで砂の中の小さなダイアモンドを、手探りで探すようなもんです。他にいい方法が無いので、仕方なくこうした原始的な方法でアプローチします。いい感じでできたら、この衿をトレースし、両身で組んで確認します。ただ実際にはバルカラーになるため、フロント部分の切替位置を変更する必要があります。平面展開で切替位置を変更してみましょう。

フロントから4cm入った所まで切替位置を後退させます。位置を変更することで距離が違ってくるため、相似形の拡大で、カーブの形状を維持したまま長さを合わせます。衿腰と羽根衿の後中心に於ける高さの差は2.5cmです。生地の厚みやデザインなどによってこの差は変化すると思いますが、両身トワルを本チャンの生地で組んで、衿の返りの具合と、ついでにキセ分も確認したいですね。

組んだ生地はメルトン風の肉厚のものです。いい感じでできていると思いますが、衿が帰った状態では、後中心辺りが浮き過ぎています。ちょっと甘いようですが、下段写真のように衿を立てたとき、後頭部に当たらないよう綺麗に沿っています。ダミーに頭があると衿のバランスや必要な分量が良くわかりますね。そしてキセ分です。後中心で約1cmほど不足することがわかります。返りの甘さやキセ分量は、生地の厚みや性質で微妙に変化するため、立体で確認することが何より正確で、結果として一番早い方法だと思います。

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