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肩傾斜



今回は身頃の肩傾斜についてですが、ここでまたしてもクイズです!
「本物」と呼ばれるような昔の紳士物のテーラードジャケットは、前身にとてもごつい芯が入っています。ウール素材が基本ですが、縦地と横地で糸の張力に差を持たせ、さらに肩周りは本バスで補強されていました。重くて堅くて、いまどきこんな芯を使った背広は見られません。どうしてこれほどまでに保形成のある芯を使わなければならなかったのでしょうか。みなさん、おわかりですか? その理由を考えてください。

ところでみなさんはご自分が使っているダミーの肩傾斜をご存じですか?
まず知っている人はいないと思います。最初に言ったとおり、一般的なアパレルで肩傾斜を意識するということはほとんどありませんし、まあテーラードをやるときぐらいは肩パットを積むかも知れませんが、それ以外のTOPSはたいして意識もせず、ダミーの傾斜なりに作っている場合が多いと思います。しかしこのダミーも、メーカーや種類によって肩傾斜はまちまちです。怒り肩もあれば撫で肩もあります。困るのは怒り肩の場合です。撫で肩のダミーなら、怒り肩は肩パットを積むことで表現できます。しかし怒り肩の場合、それ以上にボディーを削ることができませんから、これでは撫で肩を表現できないのです。したがってダミーは、できるだけ撫で肩のものを選ぶことが重要です。ちなみに僕が普段使っているKLダミーは、男女とも約21度の傾斜になっています。また学生用文化ボディーは約22度ですが、このあたりが市販されているボディーの中では最も撫で肩と言えるのではないでしょうか。ただし文化ボディーは肩の途中に段差があり、傾斜が二段構造になっています。あまり有り難くないシルエットですが、それを補うために、撫で肩を表現する場合も、段差を埋めるように、肩パットで補正して使っています。
 

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1. 肩傾斜にこだわる

TOPSの絵型と素材を見て、僕が最初に考えることが肩傾斜です。ドレーピングをはじめるに際し、ヌードボディーに対してどの程度の厚みの肩パットを積むべきかを考えます。一般のアパレルでは、肩傾斜を考えるという話はあまり聞きませんが、TOPSの運動機能が肩から腕に集約されていることを考えると、ましてや僕のやっているようなアウトドア系ブランドでは、肩傾斜は服の完成度にとって重要な要素となります。

肩傾斜とはつまり、撫で肩、怒り肩のことです。首の付け根から肩先に向かい、肩線の真上あたりを目安に計測器を置きます。水平を0度とし、下に傾いた分の角度を読み取ります。人それぞれすべて違いますが、日本人の平均は男女とも約20度です。ただしこの数字は、僕自信がこの30年ほどの間に、多くのサンプルを計測した結果です。公に発表されているものではないのであしからず。中には30度に近い撫で肩もいますし、僕の知っている限りでは4度という極端な怒り肩もありました。4度といえばほとんど水平です。ここまで極端な人は希ですが、10~15度といった怒り肩はけっこう目にします。
 

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2. 撫で肩の変化

どうして僕がここまで肩傾斜にこだわるのか。その理由を話さなければなりません。
先にTOPSの運動機能は肩周りに集約されていると言いましたが、肩関節は他の間接とは違った特殊な構造をしています。そのために他のどの間接よりも良く動きます。腕を動かしてみればすぐに解ることですが、腕の運動イコール肩の運動なのです。

左のムービーは腕の運動に伴う服の変化を表しています。袖の付いてない身頃だけのトワルを着用し、徐々に腕を上げていきます。腕の動きにつられて肩先が持ち上がり、それに伴い身頃の前端が開く様子です。

左のトワルの肩傾斜は約22度です。文化ボディーを使いましたが、肩パットなどを積まず、ダミーなりの傾斜で作ったものです。つまり最も撫で肩のトワルです。腕を徐々に上げ始め、約45度くらいまで上げると前端が開きはじめます。これは何を意味するでしょう。前端は何も止めずに着せていますが、通常はボタンやファスナーで止められています。つまり開きたくても開けない状態にあるわけです。止めなければ肩の上昇に伴い前端が開いてくれますが、もし前を止めていたら、肩は上がらないということを意味しています。

左下はトワルの裾をベルトで固定した状態です。
こんな着方はあり得ないと思うかも知れませんが、アウトドアではこういった状況がしばしば出てきます。山登りをする方ならお解りかと思いますが、ザックを背負ってヒップハーネスを止めた状態です。

上のムービーは前端が止めてなかったため、腕の動きを前端の開きによって吸収しました。もし釦やファスナーで止めていたら服はどうなると思いますか。そうです。腕の上昇に伴い、身頃も上昇して動きを吸収しようとします。

しかし左のように服を固定したら、動きを吸収できなくなり、腕はそれ以上に上げることができません。袖が付いていなくてもこのような状況になるという点に注目してください。

みなさんは、腕の動きは袖山の高さが支配するとお考えでしょうが、確かに袖山も大事ですが、身頃の肩傾斜がそれ以上に重要だというのが、このムービーを見ればよくお解りかと思います。

動きを吸収する分量を、パターンでは「ゆとり」と言います。
腕の運動機能は肩傾斜という「ゆとり」によって支配されています。
 





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3. 怒り肩の変化

一方次のムービーは、肩傾斜約13度で作ったトワルを着ています。上と同じ動作をしていますが、腕を上げても前が開きません。ほぼ水平まで上げたとき、やっと前端が開き始めます。肩を怒り肩にしてあるため、腕の上昇に伴う肩の運動量が確保されているからですが、その差を上のムービーと見比べれば歴然ですね。 次は裾を固定した状態です。腕は服が動くことなく持ち上がり、ほぼ水平まで上がります。

以上のことからお解りのように、身頃の肩傾斜は腕の運動機能を支配します。僕が肩傾斜にこだわる理由がここにあります。デザイナーから提出された絵型と素材を見て、まず第一に肩傾斜を考えるという理由がここにあります。どの程度の怒り肩にするべきか、どの程度の撫で肩にするべきか、企画意図や素材と相談しながら、まずは肩傾斜を決めることから、ドレーピングはスタートします。
 





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4. 傾斜計

肩傾斜は特殊な計測器で測ります。左の写真は僕が普段使っているものですが、インターネットもない時代だったので土建屋さんから譲ってもらいました。いまならネットで探せるはずです。またハンズなどの大型文具店にもあるかも知れません。以下のページなどを参考にお探しください。
http://www.monotaro.com/g/00016666/?displayId=53&dspTargetPage=1


この計測器は針が常に垂直を指します。計測器を置いたところの傾斜角を読み取りますが、ダミーの場合、肩は平面ではありませんし、置く位置によって角度は変化してしまいます。先に僕は平均的な傾斜角度を記しましたが、これはあくまで僕の測り方によるものなので、測り方によっては異なった数値になるでしょう。しかし数値はあまり気にしなくても構わないと思います。ヌードの場合もパットを積んだ状態も、常に同じ位置に計測器を置き、同じ測り方で計るようにしてください。そして肩傾斜は必ず左右を計測してください。ほとんどの人が左右非対称となっているためですが、日本人は右利きが多いせいか、右肩が下がっている人の方が圧倒的に多いようです。ダミーも同じく左右非対称の場合があるので、必ず左右を計り、平均を取るようにしてください。
 


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5. 運動機能と美しさ

肩傾斜を何度に設定するか。肩パットを何枚積むべきか。それは一概に言える問題ではありません。その時のデザインや素材でかなり微妙に変化します。肩幅や袖山との関係からも変化します。経験則の中から適正値を見いだす以外に方法はないのですが、僕ですら、未だにこれだという決定打が出ません。ファースト、セカンドと、サンプルを進行する中で妥協点を探りながら決定しています。なぜ決定打が出ないのか。それは運動機能と見た目の美しさが、反比例の関係にあるためだと思います。

それはこういうことです。見た目を美しくしたいのなら、肩傾斜はなるべく撫で肩にしなければならず、運動機能を満たしたいなら、怒り肩の身頃にしなければなりません。しかし怒り肩にすればするほど、見た目の美しさが阻害されます。これは極めて物理的な問題なので、両立させることこそパタンナーの腕の見せ所、などとは言わないでください。特殊な仕組みにする以外、両立は物理的に不可能なことです。そこで妥協点を探すことになります。僕は先に、一般アパレルでは肩傾斜を意識しないと言いましたが、一般的な服は、常に袖を降ろした状態での完成度を問います。極端な言い方をすると、袖は美しく付いていればいいのであって、腕はさほど動かなくても構わないという認識が、暗黙の了解として存在するからです。美しいことが最優先で、それ以外はすべて犠牲にできるというのが、特に女性用ファッションの一般的な考え方のようです。
 

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6. 傾斜角の定義

さて肩傾斜については注意しなければならない点がいくつかあります。
まずは傾斜角ですが、僕の言う傾斜角とは、あくまでもダミーの傾斜角です。つまり立体的に計測したときの角度を指します。平面パターンの前後中心線に対する肩線の角度ではないという点に注意してください。

例えばダミーに肩パットを何枚か積んで、その傾斜を計測したところ15度だったとしましょう。これを平面に置き換えたとき何度になるかはわからないのです。特に女性の場合は胸グセを取ります。その取り方ひとつで、前中心線に対する肩線の角度は変化します。また後身頃も、肩のイセ分やダーツの取り方で大きく変化します。したがって肩傾斜とは、あくまでもドレーピングをする際に決定するダミー本体の傾斜角であり、平面での角度ではありません。平面でどの程度になるかは、展開し、トレースしてみるまでわからないことなのです。

 

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7. カマの深さ

もうひとつ注意しなければならないのは、カマの深さです。袖のところで解説しましたが、袖を決める要素に袖幅がありました。見た目の袖幅をどの程度にするかによって袖の太さが決定されるわけですが、その袖を取り付けることによって、カマの深さは必然的に決まりました。もしもこのとき、ダミーの肩に何枚かのパットが積まれていたら、この身頃は通常より怒り肩になっています。そのまま同じ太さの袖を付けると、カマ底の位置が高くなってしまいます。これは原則としてやってはいけないことです。

いわゆる「カマブカ」と呼ばれるのがカマ底の高さですが、これは腕を降ろした状態で決定しなければなりません。なぜなら腕は下に降ろしている状態が通常です。そして通常の時、カマ底は最も低い位置となります。つまりそれ以上カマは下がらないという位置ですが、逆に見ると、腕を上げたとき、実はカマ底もいっしょに上がっているのです。肩が怒りになった分だけ底位置を上げてしまうと、腕を降ろしたときに戻る余裕がなくなることになりダキ落ちが生じます。これは醜いばかりではなく、着ていて苦しくなります。それを避けるため、カマ底の位置は上げてはダメなのです。

ならばどうするのか。袖を太くするしか方法はありません。怒り肩になった分、袖幅は太くならなければなりません。つまりアームホールが大きくなるということです。それでも袖は細く見せたいと、我が儘なデザイナーなら言うかも知れません。それにはそれなりのテクニックもありますが、本題からそれてしまうのでここでは触れません。ここではあくまでも物理的なメカニズムとして、上記の理屈を理解してください。
 

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黙って真っ直ぐ立った状態で美しいシルエットを作りたいなら、肩傾斜はできる範囲で撫で肩にすることです。しかしこれでは腕は上がりません。腕を上げやすくするためには、どうしても怒り肩にする必要があります。しかし怒り肩にすれば、腕を降ろした姿勢で、その運動量が落ちてシワになります。これは重力のせいですから仕方がないですね。この相反するふたつの要素を両立することはできません。もしも、運動量が落ちない仕組みを作れたら、着易くて美しいシルエットの服になるでしょう。

さて肩傾斜の話はこのへんでおしまいです。冒頭に出したクイズの答えは解けそうですか。「本物」と呼ばれるような昔の紳士物テーラードジャケットは、どうしてあんなにゴツい芯が前身に据えてあったのか。ここではあえて回答をしません。ヒントはこれまでにいくつも出てきています。どうかご自身でお考えください。ちなみに昔の背広は、そういう呼び方をしたかどうかは不明ですが、原則としてコンケーブショルダーのように肩先が盛り上がってました。あっ、いいヒントになっちゃったかな・・・。
 

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Copyright Koichi Tamaki