1. 変化するのはどこか

グレーディングに於けるピッチとは、仕上がった洋服の、サイズ間に於ける寸法差ではありません。まずはもう一度、このことを理解してください。この話はすでに「設計基準」のページで詳しく解説しているので詳細は避けますが、この基本的な原則を理解していない方々が非常に多いため、くどいようですがもう一度ここで申し上げます。

ピッチとは、設計基準として設定した体格間に生じる寸法差です。つまり洋服を着用する人間が大きくなったり小さくなったりするということです。その人間の変化に応じて洋服を変化させる。これをグレーディングと言うのです。まずはここをしっかり理解してください。

下図のサイズテーブルはTHE NORTH FACEの日本企画商品に対応する設計基準です。設計基準は服作りにとって極めて重要な指針となるという話をしているとおり、特にグレーディングを考える場合、この設計基準がすべての基になります。THE NORTH FACEのサイズ展開は、商品によってはXSやXXLを追加する場合もありますが、基本はSからXLの4サイズです。それぞれのサイズ間にピッチ欄が表記してありますが、身長のピッチは着丈や裄丈や股下など、グレーディングの際の縦方向の指針となります。またバストのピッチは袖幅、ネック、肩幅など、横方向の指針となります。設計基準がないことにはマスターパターンを作ることもできませんし、グレーディングもできません。すべての元となるこの設計基準ですが、そもそも各サイズ間のピッチはどのようにして決定されたものなのか、まずはそこからお話ししなければなりません。

2. 体格分布

下図Aは身長とバストを対比させた、日本人成人男子の体格分布です。
身長は最小が約150cm、最大が190cm超まであり、その範囲は40cm以上になります。またバストの最小は約80cm、最大が120cm超ですから、その範囲は同じく40cm以上となり、縦横の軸に沿って最大から最小を囲むと、その形はほぼ正方形になります。薄いグレーの点がひとりひとりの人間を表し、中心付近の塗りつぶされている部分ほど人口密度が高く、周辺に広がるにつれて密度は徐々に薄まっていきます。赤の点線が交差する部分(赤丸)が平均値です。

さてこの体格分布をマーケットと考えた場合、我々はこの中のどの範囲で服を売っていくのかを考えなければなりません。これを顧客包含範囲と呼びますが、できるだけ多くの範囲をカバーすべきなのは言うまでもありません。しかし企業の規模や経営効率を考えた場合、全てをカバーできないのも事実です。

3. 包含範囲

THE NORTH FACEでは下図Bのように包含範囲を設定しました。
身長は162.5から182.5、バストは84から100までとなっています。それ以外の範囲にいる人は無視したわけです。つまり範囲外の人には買ってもらわなくていいと決めたわけです。

さらに業界の標準的なサイズ展開を考慮し、サイズ数を4と決めました。 範囲とサイズ数が決まれば、ピッチは必然的に決定されます。身長の範囲は162.5から182.5です。範囲は20cmとなり、これをサイズ数4で割れば、ピッチは5cmとなります。またバストの範囲は84から100ですので、範囲は16cmとなります。これを4で割るとピッチは4cmとなります。

ここで気を付けなければならないことがあります。お気付きかとは思いますが、上記の包含範囲は、サイズテーブルに表記してある各サイズの数値とは異なっています。これはサイズテーブルの数値が中心値であるためです。図Bのブルーの長方形で塗りつぶされた範囲がそれですが、サイズ間ピッチの半数がカバー範囲として縦横の軸に割り振られるため、包含範囲とサイズテーブルの数値は異なってしまいます。これを避けるためには、サイズテーブルを範囲表示にしなければなりません。下図は範囲表示のサイズテーブルです。通常、店頭やカタログではこのテーブルが使われますが、ここでは話を単純にするために中心値表記にしてあります。

このようにしてピッチは決められるわけですが、大事なことは、この結論に論理的科学的根拠など一切無いという点です。包含範囲とサイズ数によって必然的に導き出された結論ではあっても、そもそもどうしてそのような包含範囲としたのか、どうして4サイズ展開と決めたのか、そのあたりの根拠は実に曖昧です。しかしだからといって、間違っているとも言えません。つまりこの問題については正解も不正解もないのです。ピッチは、そのブランドの置かれている立場、企業規模、目的、服の性質などによって、どのような形にも変化しうるものだと考えなければなりません。

4. カバー率

下図Dは包含範囲を、身長バストとも二倍に拡張したものです。一見すると、包含範囲を拡張したのだから、顧客のカバー率も上がり、より多く販売できるのではないかと考えがちです。しかもサイズ数は4に抑えたままなので、生産効率的に見ても理想的な設計基準に思えます。グレーディングを理解しない業界関係者の中には、事実こうした考えを持つ人がいるのですが、結果としてピッチも倍になることを考えなくてはなりません。身長のピッチが10cm、バストのピッチが8cmにもなります。果たしてこのようなグレーディングが許されるのでしょうか。先に書いたとおり、ピッチがそのブランドの置かれている立場、企業規模、目的、服の性質などによって、どのような形にも変化しうるものだとしたら、このような設計基準があっても決して間違いではありません。実際アメリカ製品などは単位がインチであるということも手伝って、バストのピッチが2インチ(約5cm)、3インチ(約7.5cm)のブランドも珍しくありません。しかしだからといって、これが日本で通用するのかどうか、大いに疑問です。

人の体型体格に同じモノが二つとない以上、洋服のサイズ展開は細かければ細かいほどいいことは言うまでもありません。バストピッチが3インチもあるアメリカモノでは、上のサイズは大きすぎるし下のサイズは小さすぎるという、帯に短したすきに長し現象が起きてしまいます。理想的には1cm刻みで十数サイズ展開でもしてもらえば、お相撲さんやプロレスラーを除き、ほとんどの人が自分に合うサイズを見つけられるでしょう。しかしそんな服は市場で見たことがありません。そもそも適正なピッチとはどのように決められるべきなのでしょうか。

5. ピッチ決定の要素

ピッチを決定するためには、少なくとも四つの要素を検討しなければなりません。それは以下のようになります。

1. ゆとり量
2. 素材の物性
3. 縫製のバラツキ
4. デザインコンセプト

まずは「ゆとり量」ですが、バストの仕上がり寸法が120cmのシャツを作る場合を考えてみましょう。この場合、設計基準94cmに対して26cmの「ゆとり量」が含まれているということになります。かなり大きめの服です。ここでは話を単純にするため、裄丈やネック寸法は無視して話を進めますが、バストに26cmものゆとりが含まれているのですから、5cmくらい大きい人が着ても問題はないと思われますし、その逆に、5cmくらい小さい人が着ても、ダブダブ感に大差はないと思われます。この場合、設計基準94cmに対して上下5cmの許容範囲を持つことになり、サイズ間ピッチはその倍に当たる10cmということになります。

次に仕上がり寸法が100cmのポロシャツを作る場合を考えてみましょう。この場合、設計基準94cmに対して6cmのゆとり量が含まれているということになり、細身が定着した最近の、一般的なゆとり量といえる大きさです。このポロシャツを着用できる人の限界は果たしてどの程度でしょうか。運動量なども考慮すると、無理して着てもらったとしても、バスト96cmが限界でしょう。つまり上下に2cmの許容範囲を持つことになり、サイズ間ピッチはその倍に当たる4cmということになります。

こんどはもっと小さいゆとりの服を考えてみましょう。バストの仕上がり寸法が98cmのTシャツを作る場合、設計基準94cmに対して4cmのゆとり量が含まれているということになります。ゆとりがほとんどありません。このような場合は着用できる人の許容範囲が著しく小さくなるため、必然的にピッチも小さくならざるを得ません。上下0.5cmずつの許容範囲を取って、サイズ間ピッチはその倍に当たる1cmということになります。

次に「素材物性」を考えてみましょう。ここで言う物性とはストレッチ性のことです。
上記したバスト98cmのTシャツの場合、伸縮性のまったく無い布帛を使うということはまずありません。天竺やフライスなど、ある程度のストレッチ素材を使うのが常識です。仮に素材の伸縮率が150%あった場合、最大でバスト147cmの人までは着られる計算になります。94cmのヌード寸に対して53cmのゆとり量が含まれているということになります。しかし現実的にはその5%程度を許容と見るべきなので、上下に2.5cmずつがプラスされ、サイズ間ピッチは3.5cmくらいとするのが妥当なのではないでしょうか。

バスト100cmのポロシャツも、現実的には、鹿の子などストレッチ性のある素材が使われます。ストレッチとは言うものの、伸縮率はせいぜい115%程度が普通ですから、94cmのヌード寸に対して21cmのゆとり量が含まれているということになります。その5%程度を許容と見ると、上下に1cmずつがプラスされ、サイズ間ピッチは5cmとなります。

次に「縫製のバラツキ」を考えてみましょう。
パターンどおりに裁断し、パターンどおりに縫製したとは言っても、そこは人間の手に頼る作業のため、できあがった商品には必ずバラツキが生じます。上記した120cmのシャツなら、10cmのピッチがあるため、多少のバラツキにも耐えられるかも知れませんが、ピッチの小さな製品ではそうはいきません。仮にバストの縫い目が4箇所あり、1箇所に付き2ミリずつ間違って縫製したら、バスト全体での誤差は8ミリになります。これは大きく間違える場合と小さく間違える場合が考えられるため、誤差は前後に取らなければなりません。したがってプラスマイナス1.6cmとなり、チビTeeなどピッチの少ないのアイテムでは、MがLより大きくなってしまったり、SがMより大きくなってしまったりという、逆転現象が生じてしまいます。
洋服は生地を扱います。生地は鉄板や木材のように安定した素材ではありません。開反後すぐに裁断すれば、ほとんどの素材は反発して縮みを生じます。その他アイロンで縮んだり、縫いで伸びたりと、生地はまるで生き物のように動きます。そこへ人間の手作業が加わるわけですから、ピッチを狭く取れば取るほど、バラツキは顕著になるでしょう。縫製から見た場合、小さなピッチは、障害にこそなれ、得るものは少ないといわざるを得ません。

デザインコンセプトから見た場合はどうでしょうか。
ゆとり量もデザインの一部だと考えた場合、上記した120cmのシャツは、94cmの人が着ることを想定しているわけですから、94cmの人が着てはじめてカッコイイはずです。これ以上大きい人も小さい人も、そのデザインコンセプトからいったら、着てはいけないことになるのです。26cmのゆとりはデザインであり、これ以上多すぎても少なすぎてもカッコ悪い着方となり、これほどのゆとり量が含まれているにもかかわらず、この服の許容範囲はゼロとなり、したがってピッチもゼロとなってしまいます。

こうした考え方はアイテムの如何を問わず、ブランドの全てのアイテムに普遍的に生じる理屈です。例えストレッチ素材を使っているからといって、デザイナーは、ストレッチをパンパンに効かせて着て欲しいとは考えていないはずです。ストレッチはあくまでも運動に対する許容量であり、サイズの許容範囲を広げるためにあるわけではないのです。デザインコンセプトから服を捉えた場合、ピッチは限りなくゼロに近づくことになるでしょう。
さて検討結果をまとめてみましょう。

1. ゆとり量とピッチは比例する。したがってゆとりの大きい服は大きいピッチが持てる。しかしゆとりはデザインの一部であり、大きいからといってピッチを大きくすることは、デザインコンセプトから考えて適正ではない。

2. ストレッチ量とピッチは比例する。したがってストレッチ性の高い生地を使っている服は大きいピッチが持てる。しかしストレッチは、シルエットを創ったり運動機能を補うのが本来の目的であり、ピッチを拡張することが目的ではない。またストレッチを理由にピッチを大きくすることは、デザインコンセプトから考えて適正ではない。

3. 縫製のバラツキは必ず発生する。この問題を曖昧に隠蔽するためには、ピッチはなるべく大きい方がよい。

ゆとり、ストレッチ、デザインコンセプトを考えた場合、ピッチは小さい方がよいことになります。そして先に書いたとおり、消費者側の立場から考えてもピッチは小さいに越したことはありません。ピッチを大きくしなければならない理由は、縫製面だけです。縫製のバラツキを抑えることができれば、ピッチは小さい方がいいという結論が導かれます。では縫製のバラツキはどこまで抑えられるのでしょうか。これには様々な要素が絡んでくる話なので一概に言えませんが、経験的に、2cm以下のピッチは不可能だと思ってください。場合によっては、例えばダメージ加工を施すような商品がそれに当たりますが、製品染め+バイオストーン加工などは3cmのピッチでも上がりのバラツキには対応できない場合があります。THE NORTH FACEの横方向ピッチは4cmが基本ですが、それでもバラツキに対応できないことが再三あります。このようなケースを考慮して最小ピッチを割り出すと、洗いなどの加工が加わらないドレス系、テーラード系、フォーマル系は3cm、後加工が多くなるカジュアル系は4cmというあたりが妥当なところではないでしょうか。

ようやく適正ピッチが出てきました。しかしこのピッチはバストやウエスト、ヒップなどの横方向です。着丈、裄丈、股下などはどう考えたらいいのでしょう。これは実践グレーディングのページで詳しく解説しますが、心配はいりません。縦方向のピッチはそれほど重要ではないのです。グレーディングは横方向のピッチを基本として行われ、縦方向はパターン操作でどうにでも処理できるからです。

ピッチの見当が付けば、あとはサイズ数と包含範囲をどう決めるかですが、これはある意味パタンナーが考えることではないのです。包含範囲もサイズ数も、マーケットのニーズを考えれば、多いに越したことはないのは分かり切っていることですから、あとは先に書いたとおり、ブランド規模、ロット、服の性質など、ブランドのマーケット戦略によって、必然的に決まってくる問題だと思います。

6. 理想的グレーディング(TNFの場合)

最後に僕の考える理想的なグレーディングをご紹介します。
まずサイズ間ピッチですが、ここまでの結論から4cmとします。
次にマーケットに於ける包含範囲とサイズ数ですが、これは何度もいうとおりブランドの性質や企業規模によって適正値が異なります。ここではTHE NORTH FACEというブランドの理想を考えてみました。また僭越ながら、ユニクロさんの理想も考えてみました。

下図EはTHE NORTH FACEの理想的サイズチャートです。
サイズ数は7ですが、小さい方から順番に番号で表しました。図中の赤丸は日本人男子の平均値です。ブルーで表示した範囲は、元々あるTHE NORTH FACEの範囲を2cmほど右にずらしました。身長(縦方向)は元のままですが、アスリート系の、どちらかというと体格のいい客がメインと考えるためです。
ブルーが標準的体格を基本にしたサイズ展開ですが、それに対し、やや太めの体格を意識したのがピンク表示のサイズ展開です。これは図を見ればお解りのように、サイズ5の身長は1よりも1cmほど低く設定してあり、バストは逆に6cmも大きい人を対象としています。つまり1~4までの黄色いライン(これをグレーディングラインと言う)で示す体格と、5~7までのラインで示す体格とは異なっているということです。もっと解りやすく言うと、左側が標準的体各で、右側はチビデブ的体格ということです。扱っている服の性質(アウトドアスポーツ)からみて、こういった体格の客層が多いことによるものです。
このように、異なる体格体型で複数のグレーディングラインを作ることによって、マーケットに於ける顧客包含範囲は画期的に拡大します。THE NORTH FACEのブランド規模を考えると、もう少しグレーディングラインが増えても(経営効率的な側面から見ても)問題ないと思います。現実的には昔から一部の商品でこの図のような展開をしていますし、アイテムによっては、更にサイズ展開を増やした商品構成をとっています。

7. 理想的グレーディング(ユニクロの場合)

一方下図Fは僕が考えるユニクロさんの理想的サイズ展開です。
ユニクロほどの規模で、しかもシンプルな、誰にでも着られるようなコンセプトで服を作っているのですから、少なくとも2本、できれば3本のグレーディングラインでサイズ展開をするべきだと思っています。もしもこのような展開ができたら、ユニクロは本当に世界一のアパレルメーカーになるかも知れません。3本のラインを並べることで、マーケットの顧客のほとんどをカバーできるということがお解りかと思います。サイズ間ピッチを、先に記したとおりの4cmで設定しているため、サイズとサイズの間隔が狭くなり、その分、取りこぼす客数が少ないということです。

8. ユニクロの現状

参考までにユニクロの現状はどうなっているのか見ておきましょう。
下図Gはユニクロのサイズテーブル(メンズ適用範囲表)を元に作成したものです。

上記した図Dにそっくりです。サイズ間ピッチを広げれば、包含範囲が広くなると勘違いしている典型的な例です。いくらピッチを大きくしても、包含範囲は同じであり、各サイズの中間に、範囲外の穴が開くだけだという理論が解ってないですね。 図Fと見比べればお解りのとおり、より多くの客に対応しようと思ったら、サイズ間ピッチをできるだけ小さく設定し、なおかつサイズ数を増やす。この分かり切った、当たり前の方法以外にはないのです。

ちなみに複数ラインによるサイズ展開は、これまでのグレーディング方法、これまでのCADを使っている限り、高コストになることは避けられません。というより、技術的に不可能かも知れません。しかもマスターパターンが複数必要になるわけですから、ユニクロさんと言えども、ちょっと難しいかも知れませんね。
THE NORTH FACEの場合、ほとんどのパターンはイラレで扱うため、CADにかかるコストはバカバカしいほど低いものです。また各ラインのグレーディングも比例バランスで行われるため、申し訳ないほど簡単で、早くて、正確です。

さて、ピッチに関する解説はこれで終わりますが、以上の解説を参考に、皆さんにとって都合のよい、なおかつ合理的な設計基準を作ってください。ピッチさえ決まれば、比例バランスグレーディングは小学生にできるほど簡単です。